憲法、憲法判例、憲法学習法

平成20年度行政書士試験憲法

ここでは、比較的要望の多かった、行政書士試験の過去問解説を行います。問題は、読みやすいように改行している場合があります。あと、部分的に太字にしたものがあります。


平成20年度 憲法過去問(問題3〜7)



問題3

まずは、問題3から。これ、意外とというか、やっぱりというか、正答率低かったらしいですね。半分以上は間違えたみたいですね。

こういう問題は、知識じゃないです。知識があれば楽かもしれないけど。原理から考えられれば簡単です。


問題3

次の文章は、参議院内閣委員会で食育基本法案が議論された折のある議員の発言を、その趣旨を変更しないようにして要約したものである。この発言の趣旨と明白に対立する見解はどれか。

「更にちょっと深く議論を進めたいんですけれども、(法案の) 13 条に国民の責務という条文がございます。これについては先ほどの議論の中で努力規定という表現が提案者の方から聞かれましたけれども、しかしやはり国民の責務ときっちりうたっているわけでございます。」

「この健全な食生活に努めるという責務、これをなぜ国民は負わなければいけないんだろう。」「裏を返すと、不健康でもそれは自己責任じゃないかという、こういう議論もまたあるわけです。」

「そして、やはり自分が自分の健康を害することに対して何らかの制約を課す、これは法律用語でいいますと」、「自己加害の防止」であり、「これパターナリスティックな制約といいます。」「で、自己加害に対して国家が公権力として介入するのは原則許されないわけですね、これは法律論として。」

しかし、「未成年の人格的自立の助長や促進というものに関しては、限定的だけれどもこのパターナリスティックな制約は認められるであろうという、これが一つの法律の議論なんです。」

(出典参議院内閣委員会会議録平成17 年5 月19 日)

1 文明社会の成員に対し、彼の意志に反し、正当に権力を行使しうるのは、他人に対する危害の防止を目的とする場合である。

2 日本国憲法がよって立つところの個人の尊重という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによってはじめて確実なものとなる。

3 人の人生設計全般にわたる包括的ないし設計的な自律権の立場から、人の生と死についてのそのときどきの不可逆的な決定について、例外的に制約することは認められる。

4 その人間がどういう将来を選びたいと考えるかよりも、その人間がどういう将来性を有しているかという観点を優先するのは、憲法の「個人の尊重」原理の要請である。

5 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。



   ☆☆☆


解説

行政書士プロパーで受験される方は、まずは、問題文の長さに圧倒されたかもしれませんね。まあ読んでみたら、なんのことはないんですけどね。

おおざっぱに言えば、
健全な食生活をする責務って話の中で、
じゃあ、不健康な食生活を規制していいか、
って話です。

文中にパターナリスティックな制約って言葉が出てきますね。
パターナリズム、ご存知でしょうかね。

Paterぱーてる、ラテン語で父って意味ですね。Papaパパとか、fatherに似てるよね。家長的後見主義っていいます。

お父ちゃんの言うこと聞いとけば間違いないんだよ。
ってね。

そんな風に、国家が成員に対して、後見的に干渉するのが、
パターナリスティックな制約と言われるものです。

ここでは、
不健康な食生活をすること=自己加害
では、自己危害を禁止することは、許されるかっていう話なわけ。

それで、成人に対してはこんなのは原則許されない。
でも未成年に対しては許される場合があるって言ってます。

この見解と、明白に対立する見解を探すわけですね。

1の見解は、

「 文明社会の成員に対し、彼の意志に反し、正当に権力を行使しうるのは、他人に対する危害の防止を目的とする場合である。」

これは、公共の福祉の内在的制約説ですね。

どうして人権を制約できるのか、っていえば、他人に危害を加えることは許されないから、だから、そんな他人への危害を防止するためにであれば、成員の自由を制限できますよ、って言うんでしょ。

まあ、そんな言葉知らなくても、いってることはわかるでしょ。

俺の勝手だあ、とか言って、
やたら人をぶん殴りまくったり、
ほしいものは、勝手に持って帰ったり、
許されないよね。そんなのやめさせなくちゃ。
そういうときは自由を制限してもいいんだよ、ってことです。

で、この理屈で言えば、
パターナリスティックな制約なんて許されないわけでしょ。
他人に危害なんかないもん。
これが原則、ってことで本文と同じ立場。

ここでは、未成年については特に述べてないですけど、
そこは保留にしといていいですよ。

(文明社会の成員という言葉が、未成年に対する一定の例外を認めている前提になっているのでしょうけれどね。)

要は、この選択肢は、本文の立場と明白に対立はしません。

選択肢2

「 日本国憲法がよって立つところの個人の尊重という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによってはじめて確実なものとなる。」

これはわかりますかね。

個人の尊重っていうのが、憲法の基本原則なわけ。
一番根本的な原則でしょ。
で、そのためには、わけのわからない干渉があったらだめなんでしょ。それぞれの人格が大切にされなくちゃいけない。

「おまえはおろかだから、わしが決めてやるぞよ。」
…冗談じゃねえよ、「ぞよ」って、おまえは王様か、
って話です。

当然、パターナリスティックな制約はダメでしょ。
だから、本文の立場と明白に違わないです。

細かいことを言えば、
ここで、人格って言葉を使ってるのがみそで、
これは、未成年に対する限定的なパターナリズムを認める立場ですね。
(自己決定権に関する人格的利益説。ま、こんなことは本文解く上では、どうでもいいけど)

選択肢3

「人の人生設計全般にわたる包括的ないし設計的な自律権の立場から、人の生と死についてのそのときどきの不可逆的な決定について、例外的に制約することは認められる。」

こけおどしみたいな言葉が並んでいますが、
要はね、重大な、自殺とか、そういうものについては、
例外的に制約できるぞ、というんですね。

これ、原則は制約できないってのが前提ね。
例外的に、って言ってるんだもん。

本文の立場は、
制約できない。けど、未成年に対しては限定的に認められる。
だったでしょ。

この選択肢は、
制約できない。けど、例外的に認められるものもある。
ってわけ。

明白に対立はしてないよね。

選択肢4

「その人間がどういう将来を選びたいと考えるかよりも、その人間がどういう将来性を有しているかという観点を優先するのは、憲法の「個人の尊重」原理の要請である。」

何ぬかすか、って感じですね。

本人が何になりたいか、じゃないんだってさ。
それより、この子は何になるのがふさわしいか、それを優先しましょうって。

旧ソ連とかでは、子どものころに適性が認められると、国家によって、そのためのエリートコースにのせられたそうですね。音楽でも、体操でも。その結果、確かに、優秀な音楽家も出たし、体操とかも強かった。

だけど、それが個人の尊重かって。

で、まあ、それはともかく、これってまさにパターナリズムそのものじゃん。

だって、本人の希望や意思じゃなくてね、周りが決める、国家が決めるって言うんでしょ。

これは思いっきり、対立してるよ!

選択肢5

「 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

これ、見覚えあるよね(笑)

憲法13条でしょ。
幸福追求権。

幸福追求権の一つとして、自己決定権ってのが考えられてるわけだ。
判例は自己決定権って言葉自体は、明確には認めてないけど、
エホバの証人の信者さんに、勝手に輸血しちゃった事件では、損害賠償を認めてますね。

なんにせよ、これはパターナリズムを排除する根拠条文ですね。

本文の立場と明白に対立したりしてませんね。

というわけで、解答は4です。

  ☆☆☆

結構、基本知識さえあれば、なんちゅうことのない問題なわけです。

パターナリスティックな制約をどの程度認めるか、なんて論点すら関係ないんですよ。

問題文から、基本はパターナリスティックな制約はダメだよ、
って考えさえつかめばそれでいいんです。
ほとんど国語の問題です。

まあ、あえて言えば、憲法13条が幸福追求権の根拠だってことを知ってると、楽かもしれません。
でも、4が違うのは、すぐにわかると思います。
それが、食育基本法なんちゅうコケオドシに目を奪われてしまうと、混乱してしまうわけですね。

余談ですが、食育基本法ね、これは結構あやしいです。
もちろん、法律の常として、目的はもっともですよ。

でも、ここで問題にしてる食の安全性とか、自給率の低下とか、農村漁村の活性化、とかそんなの政府与党のとってきた政策でしょ。経団連とかと一致して、日本の食を貧困にする政策を進めてきたのは誰かって話です。そこを変えないで、食育だけで対応できるわけないだろっ、って突っ込みたくなりますね。消費者の問題にすんなよ、ってね。



問題4

次、問題4です。正答率は、7割近かったそうです。というわけで、絶対間違えてはいけなかった問題ですね。


問題4
次の記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、誤っているものはどれか。

1 憲法25 条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられている。

2 国は、子ども自身の利益のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるために、必要かつ相当な範囲で教育の内容について決定する権能を有する。

3 労働基本権に関する憲法上の規定は、国の責務を宣言するもので、個々の国民に直接に具体的権利を付与したものではなく、国の立法措置によってはじめて具体的権利が生じる。

4 労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が自己目的ではなく、国民全体の共同利益の見地からの制約を受ける。

5 憲法が義務教育を定めるのは、親が本来有している子女を教育する責務をまっとうさせる趣旨によるものであるから、義務教育に要する一切の費用を当然に国が負担しなければならないとは言えない。

解説

選択肢1

憲法25 条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられている。

憲法25条は生存権ですね。

「にこにこ(25)健康、文化的な生活」
ってやつ。

国民には、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある、って言ってます。

はい、確かに権利なんですけどね、でも、法律で具体化されてないと無意味なんですね。

では、その法律が、なんだか大して保障してくれてないぞ、って場合。
こんなんじゃ健康でも、文化的でもないぞ、って場合ね。

裁判所に訴えたとします。そこで出てくるのがこれ。

「立法府の広い裁量にゆだねられている」
というお言葉です。

立法府の裁量が、著しく不合理であることが明らかでない限りは合憲だっていうんです。

いい?

「誰が見ても、むちゃくちゃだろ、それ。」
ってならないとだめなわけ。

この選択肢の言葉、堀木訴訟(最大判昭和57・7・7)で、
最高裁が使った言葉ですね。

あと、問題解く上では知らなくてもいいことですけど、参考までに。

これの解説で、朝日訴訟(最大判昭和42・5・24)出してるのがたまにありますけど、間違いです。

朝日訴訟は、行政処分の合憲性が争われたんです。生活保護法に基づく厚生大臣の保護基準設定の違法違憲性ね。そして、行政処分に広く裁量を認めたって話。

でも、ここは立法裁量についての話。だから、ここでは、堀木訴訟とか塩見訴訟を出さないとね。

選択肢2

国は、子ども自身の利益のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるために、必要かつ相当な範囲で教育の内容について決定する権能を有する。

これは旭川学テ(最大判昭和51・5・21)でしたね。

国民の教育権 対 国家の教育権 って議論に決着をつけました。
どちらも極端かつ一方的だ、って言ったんですよね。

まあ、それはその通りで、よく言えばバランスの取れた、悪く言えば、玉虫色の判決ってやつですね。

選択肢3

労働基本権に関する憲法上の規定は、国の責務を宣言するもので、個々の国民に直接に具体的権利を付与したものではなく、国の立法措置によってはじめて具体的権利が生じる。

おいおい、これじゃプログラム規定じゃん。

さっき言った朝日訴訟が生存権について言った言葉ですよ、これ。

プログラム規定説ってのはね、
もともとはワイマール憲法の考え方です。

ドイツは第一次大戦のあと、巨額の賠償金を負って、経済が破綻してましたからね、生存権条項を入れたけど、現実的には、そんなことできるはずもなかった。

だから、プログラム規定って言ったんです。実際、条文上も権利なんて言葉使わなかったんです。それを、無理やり25条にはめた悪名高い判例です。朝日訴訟。覚えておいてね。だって、結核で血痰がたくさん出るのに、ちり紙なければ、新聞切って使えって話ですもん。

一方で、
労働基本権は、国民に直接、具体的な権利を付与したものです。
団結して、交渉して、争議行為を行っていいんですよ。

労働組合法は、それを確認してるけどね、これによってはじめて具体的権利が生じたわけじゃないです。

選択肢4

労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が自己目的ではなく、国民全体の共同利益の見地からの制約を受ける。

これは、全農林警職法事件(最大判昭48・4・25)ってやつですね。

判例が何を言いたかったかというと、だから、公務員の労働基本権は制約していいのだ、って話でした。

ただ、この部分だけみて、全農林警職法事件だってわかる人、そんなにいないと思います。っていうか、判決文をまじめに読んでる人以外はいないんじゃないですか?

だけど、まあ、この見解自体はそんなに違和感ないはずでしょ。労働基本権が勤労者の経済的地位の向上のための手段だってのも、そりゃそうですよね。だから、ここは三角にでもしておいて、他の肢を検討すべきって思いますね。

選択肢5

憲法が義務教育を定めるのは、親が本来有している子女を教育する責務をまっとうさせる趣旨によるものであるから、義務教育に要する一切の費用を当然に国が負担しなければならないとは言えない。

憲法26条2項は、義務教育を無償としていますね。

でも、これは、授業料を意味するっていうのが判例(最大判昭39・2・26)の立場です。

一応、判例は、その他の費用も国が負担するのが望ましい、とは言ってるんですよ。でも、それは、財政とかの問題もあるから「立法政策の問題」としてます。

実際には、1963年以来、教科書は無償です。(義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律)

 ☆☆☆

というわけで、比較的正当率の高かった問題。間違えちゃった人は、よく反省しましょう。

といっても、全部の判例を読み込みましょうって話じゃなくてね、
あやしそうな判決を、ばしっと切れるようにしておかなくちゃね。

行政書士に限らないけど、確実な知識ってのが役に立ちます。
なんとなく、じゃ、迷ったときに困る。

確実に、選択肢3を切れれば、この問題は終わりだったってわけです。




問題5

次は問題5です。これの正答率は、2割くらいって言ってましたね。うわ、って感じです。憲法で満点狙いじゃなければ落としても仕方ないかな。

でも、統治関係、実は簡単な問題が多いんですよ。条文知識のレベルです。

問題5

国家機関の権限についての次のア〜エの記述のうち、妥当なものをすべて挙げた組合せはどれか。

ア内閣は、実質的にみて、立法権を行使することがある。

イ最高裁判所は、実質的にみて、行政権を行使することがある。

ウ衆議院は、実質的にみて、司法権を行使することがある。

エ国会は、実質的にみて、司法権を行使することがある。

1 ア・ウ、
2 ア・イ・エ
3 ア・ウ・エ
4 イ・ウ・エ
5 ア・イ・ウ・エ


解説
それでは記述ア〜エを検討しましょう。

記述ア

内閣は、実質的にみて、立法権を行使することがある。

「実質的に」って言葉で引っかかりますか?

憲法41条でいう立法の意味について議論されてましたね。

で、形式的意味の立法っていうのは、
なんせ国会の議決で成立する法律(国会制定法)っていう形式の法規範を作ることです。

でも、そうすると、国会は唯一の立法機関だ、なんて言っても、
意味なくなっちゃうじゃないですか。

国会は、国会の議決で成立する形式の法規範を作る唯一の機関だって?
当たり前すぎるでしょ、それじゃ。

だから、41条は、実質的な意味での立法のことだ、って言ってました。

で、実質的な立法って何かといえば、諸説ありますが、
通説は、
広く、一般的・抽象的法規範の定立、とします。

次に、41条から導き出される国会中心立法の原則には、
憲法が認めた例外があると習いましたね。

おっと、国会中心立法の原則とは、国会だけが、実質的意味の法律を制定するっていう原則です。

で、その例外は、

  • 両議院の議院規則(58条2項)
  • 最高裁判所規則(77条1項)
  • 政令(77条6項)
  • 条例(94条)

ですね。

というわけで、アは、政令(77条6項)のことですね。


イ以降はもうちょっと単純に条文問題ですね。

イの検討

最高裁判所は、実質的にみて、行政権を行使することがある。

広い意味で、司法府の自律と裁判官の職権の独立を保障するために、憲法は、司法府の独立を確保し、裁判機構の運用を、なるべく司法府の自律に任せようとしています。

明治憲法では、司法行政権は、司法大臣が持っていました。
しかし、現行憲法では、司法行政権を最高裁判所が持っています。

その中心が、人事行政権です。
80条1項は、下級裁判所裁判官について、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任命する、としています。
また、裁判官の分限や懲戒も、最高裁判所によって行われるわけです。(78条)

ですから、イは正しいわけですね。

ついでに、憲法は、最高裁判所に規則制定権を認めています。(77条)

ウ及びエの検討

衆議院は、実質的にみて、司法権を行使することがある。
国会は、実質的にみて、司法権を行使することがある。

まず、議院と国会の区別はわかりますね。衆参両議院が国会です。
ですから、国会の権能と言えば、法律案の議決などですが、議院の権能というのは、衆議院、または参議院が、各々行使できる権能のことです。

憲法は、各議院について、それぞれ、他の議院や、他の国家機関から干渉を受けないための規定を置いています。
その中の一つ、内部組織に関わる自律権として、議院の資格争訟(55条)が定められています。

これは憲法76条の例外として、通常の司法裁判とは異なり、資格争訟の裁判に不服でも、司法裁判所への出訴は認められません。

また、国会は、裁判官弾劾裁判所を設置する権能を持っています。(64条)もっとも、裁判官弾劾裁判所は、国会によって設置され、各院の議員が裁判員となりますが、国会とは独立した機関です。

それを考慮すると、厳密に言えばエを誤りという選択も考えられます。ただ、解答の選択肢に、ア・イ・ウというものはなく、しかも、アイウともに、明らかに正しいので、実質的に見て、という言葉を日常的な意味で使っているものと理解して、正答をアイウエとする5を選択するしかないでしょう。




問題6

この問題の正答率は、だいたい50パーセントくらいのようです。
意外と正答率高いですね。こういうのは、原則論で考えると早いです。最高裁判例って言ったって、あまり突拍子もないことを言ってるとは思えないでしょ。

問題6

参議院の政党化を抑制し、その衆議院に対する独自性を強めるために、次の記述のような改革が提案されたとする。この中で、最高裁判所の判例を前提とした場合、憲法改正が必要ではないと考えられるものはどれか。

1 各都道府県の知事・副知事その他知事の任命する職員が参議院議員となる。
2 都道府県議会議員が参議院議員を選挙する。
3 参議院の議員定数を削減し、各都道府県から2 名ずつ議員を選挙する。
4 中立的な委員会が学識経験に優れた者を参議院議員に選出する。
5 政党による立候補者名簿の届出が不可能な選挙制度にする。

解答

結局、正しいものを一つ選ぶんですね。自信がなければ、消去法で消していく。自信があれば、パッと選ぶ、ってなりますね。

選択肢1の検討

各都道府県の知事・副知事その他知事の任命する職員が参議院議員となる。

これは、憲法43条1項に一義的に反していますね。
憲法43条1項
両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

選択肢2の検討

都道府県議会議員が参議院議員を選挙する。

現行憲法は、93条で地方選挙につき、直接選挙を明示していますが、国会議員については規定していません。そこで、間接選挙が問題になるわけですが、この選択肢でいう仕組みは、複選制といいます。

間接選挙は、有権者が選挙委員を選び、その選挙委員が公務員を選定する制度です。これは43条の選挙に含まれるとされ、参議院に限っては、必ずしも憲法違反ではないといわれています。

それに対し、複選制は、すでに選挙されて公職にある者が、公務員を選挙する制度ですね。これは、43条の選挙に含まれず、現行憲法上、認められません。

なお、複選制は戦前の日本でも一部行われたことがあります。

ですから、本肢を実現するには憲法改正が必要になります。

選択肢3の検討

参議院の議員定数を削減し、各都道府県から2 名ずつ議員を選挙する。

判例は、参議院に対し、事実上、都道府県代表的な意義、機能を加味しても、それが全国民の代表であるという性格と矛盾しない、とします。(最大判昭58・4・27)このときの判例は、1対5.26の格差を合憲としました。

これだけ見ると、本肢は正しいようにも見えますが、

最大判平成8・9・11は、1対6.59を違憲としました。この基準に従えば、本肢では、違憲となりますので、憲法改正が必要となります。

選択肢4の検討

中立的な委員会が学識経験に優れた者を参議院議員に選出する。

これは、当然選挙されてないので、43条に反します。
ですから、憲法改正が必要です。

選択肢5の検討

政党による立候補者名簿の届出が不可能な選挙制度にする。

憲法47条は、選挙に関する事項は法律で定めるとしています。

また、現行憲法上、政党というものについては特に規定がありません。もちろん、政党の果たす役割というものは、現代では非常に大きいものになってきてはいますが、本肢の改革が行われたとしても、憲法上の選挙に関する規定に反するものではありません。

ですから、本問題は選択肢5が答えになります。

☆☆☆

この問題については、正直微妙な問題だとは思います。最高裁の判例前提、という言葉で悩まないこと。また、肢5は、ちょっとセンスない問題ですよね。まあ、政党が憲法で規定されてないという常識から判断すればいいのでしょうが、むしろ、政党がどこまで選挙に関わり、その正当性をどのように認めるか、という方が、現在の問題でもあり、比例代表制の合憲性に関する判決なども絡めたら面白い問題になると思うのですが。




問題7

問題7は、正答率6割くらいだそうです。

ですが、この問題、実は結構難しい問題のような気がします。予備校によっては、この問題を簡単と言っているところもあるようですが、単純に通説からパッと答えを出すのであれば簡単なのですが、本文で言われている通りに、98条2項から導かれる考え方、という部分にこだわると、少し難しくなります。

あと、自動執行力については、受験生のどれだけが知っていたのかも疑問ではあります。実際、これについて正確に知らなくても、この問題は解けるはずです。

しかし、過去問で出た以上、他の受験生は勉強してくる可能性もあるので、一応、最後に解説を付けておきます。余裕のある方は、読んでみてくださいね。


問題7
次の記述のうち、憲法98 条2 項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」から導かれる考え方として、妥当なものはどれか。

1 確立された国際法規は、条約が自動執行力をもつ場合に限って、国内法的効力を有する。
2 98 条2 項や前文を根拠として、条約は、一般的に国内法として受容される。
3 当事者が人的に法律を異にする国の国籍を有する場合には、当事者に最も密接な関係のある法律を当事者の本国法とする。
4 最高裁判所の判例の考え方によれば、違憲審査の対象は国内法に限られるから、条約に対する違憲審査は認められない。
5 条約は、国会によって国内法に変型されることによってはじめて、国内法としての効力を有する。


解説
憲法98 条2 項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」から導かれる考え方とありますね。

これが何を指しているのかが問題です。

国際法と国内法の関係につき、条約と国内法体系は別のものだと理解する二元説があります。この理解によれば、そもそも、条約はそのままでは国内法的効力を持ちません。(この場合、自動執行力のあるなしは関係ないですね。)

しかし、通説である一元説を取った場合、日本国憲法の解釈論としては、国際法は特別の立法措置がなくても、公布によって直ちに国内法的効力を持つものとされています。

この解釈の根拠の一つが、本文に出てきた98条2項です。

なお、それ以外に、明治憲法以来の慣習でもあり、また、条約の締結に国会の承認が必要であり、天皇が公布することも根拠とされています。

つまり、この問題で言っている「98条2項」から導かれる考え方、というのは、通説である一元論を取った場合、と言う意味で理解してよいと思います。

もう少し言葉を足すと、

「日本国が締結した条約及び確立された国際法規」に、日本が従わなければならないことは当たり前のことですね。

じゃあ、なぜ、わざわざこんな条文を置いたか。

それは、この「日本国が締結した条約及び確立された国際法規」が、
国内法的効力を持つからですよ、
って言うわけです。

大前提を理解していただいたところで、各選択肢を見ていきましょう。


選択肢1

確立された国際法規は、条約が自動執行力をもつ場合に限って、国内法的効力を有する。

そもそも、この選択肢は、わかりにくいです。
出題ミスじゃないかって思うくらい。

で、

条約は、それが自動執行力を持つ場合に限って、国内法的効力を有する、
であれば、意味はすぐわかります。
(ちなみに、中央大学の安念潤司教授が、こう書いています。後述しますが、これが通説というわけではありません。)

ですが、ここでは、
確立された国際法規は、条約が自動執行力を持つ場合に限って、国内法的効力を有する、
って書いていますね。

これ、
「条約が自動執行力をもつという解釈をした場合に限って、確立された国際法規は国内法的効力を有する」という意味にとるしか、理解のしようがないですね。

いや、実はもう一つ、
条約≒確立された国際法規
ニアリーイコールだと考えちゃた。

つまり、条約も国際法規も似たようなものだ、と考えたという可能性もないではないですが、
まさか、出題者がそこまで不勉強とは思えません(思いたくない)ので、一応排除しましょう。

で、

しかし、条約一般が自動執行力を持つ、などということはありません。
もちろん、ある条約を、解釈として自動執行力を持つものと取りましょうということはありうるのですが、あくまでも宣言的な条約というものもあるわけです。
つまり、どうしても自動執行力を持つ条約と持たない条約があるわけです。

しかし、それでも無理やり、
「条約が自動執行力を持つとしたら、確立された国際法規は国内法的効力を有する。」と読んだとします。

これでやっと意味が通じますね。

そして、これは憲法98条2項の理解からは導かれませんね。
憲法98条2項は、条約と確立された国際法規を分けては考えていないわけです。

というか、こんな頓珍漢なこと、どこからも出てきません。

ですので、肢1は間違いになります。

もっとも、こんな風に考えなくても、私だったら、こういう怪しげな選択肢は、限りなくブラックに近い心証を持ちつつ、留保にします。そして、その先を読んで、これよりも妥当そうなものがあれば、その時点で、この肢は切ります。


選択肢2

98 条2 項や前文を根拠として、条約は、一般的に国内法として受容される。

これは、先に説明した一元説の立場ですね。
これは正しい肢です。

憲法98条2項 ⇒ 通説(一元説) ⇒ 条約は国内法として受容される。

というわけですからね。

でも、この問題、そもそも

憲法98条2項から導かれる考え方として妥当なものは何か?って聞きながら、
答えが、
憲法98条2項を根拠に、○○、って答えは、
日本語としてやっぱりおかしいんじゃない?

さっきの選択肢1といい、どうなってんでしょう?


選択肢3

当事者が人的に法律を異にする国の国籍を有する場合には、当事者に最も密接な関係のある法律を当事者の本国法とする。

これは法の適用に関する通則法40条ですね。

これが国内での話ではなく、仮に、国際私法の話や、国際裁判管轄の話としても、実際のところ、国際的な統一的取り決めはありません。(ヨーロッパだけではありますけど)

ですから、各国がそれぞれの法によって、どこの国の法を適用すべきか判断しているわけです。当然、国内で国籍を異にする当事者間で争いがある場合も同じことです。そこの判断のための使われるのが、法の適用に関する通則法なわけです。

ですが、これは、そういった国際的取り決めがないから、ってだけで、憲法98条2項から出てくる考えではありませんね。

98条2項の理屈で言えば、統一的取り決めや条約があるなら、それに従うべきってなるはずです。

なお、遺言の方式の準拠法に関する法律、扶養義務の準拠法に関する法律などは、条約を国内法化したものです。


選択肢4

最高裁判所の判例の考え方によれば、違憲審査の対象は国内法に限られるから、条約に対する違憲審査は認められない。

これは論点的には、憲法と条約のどちらが効力が上かという問題と絡みます。しかし、そんなことを考えなくても、砂川事件判決(最大判昭和34・12・16)を押さえていれば、すぐに解答がでますね。

このとき、最高裁は、「一見極めて明白に違憲無効と認められる場合」に限定してはいますが、条約に対する違憲審査の可能性を認めました。

選択肢5

条約は、国会によって国内法に変型されることによってはじめて、国内法としての効力を有する。

先に述べたように、98条2項は、通説である一元論の根拠とされます。
ですから、条約は国内法に変型されなくとも、国内法として効力を持ちます。

これも、これまでと同様、通説からいきなり判断しても結論は同じです。

   ☆☆☆

解説の解説

条約と確立された国際法規

条約とは、成文化された国際間の約束のことです。
一方、
確立された国際法規とは、一般に承認され、実施されている国際慣習法のことです。これは国際慣習法を確認し条約化したものも含みます。

なお、国際慣習法を条約化したものについては、これを受諾していない国に対しても、その条約は効力を持つと考えられています。なぜなら、国際慣習法の効力がその国に及んでおり、条約はその確認にすぎないからです。


条約の自動執行力について

自動執行力(self-executing)のある条約とは、

「国内法による補完・具体化がなくとも、内容上そのままの形で内法として直接に実施され、私人の法律関係について国内の裁判所と行政機関の判断根拠として適用できる条約」(山本草二「国際法」有斐閣、1995)
のことです。

一方、条約が国内的効力を持つというのは、自動執行力を持つということとは別のことになります。

条約が公布された時点で国内的効力を発生させていても、自動執行力、つまり、具体的な詳細の規定がなければ、具体的な法律関係に適用できるとはかぎらないわけですね。

しかし、自動執行力のない条約についも、国は条約履行のための立法措置や政策を取る義務があるはずです。

国内の個人が、この国の義務を裁判上請求できるとすればもちろんですが、それができないとしても、憲法上の生存権の議論を思い出してもらえばわかるように(プログラム規定説、または抽象的請求権)、そのことから、条約が国内的効力を持っていないということにはならないわけです。

かりに生存権がプログラム規定であったと理解しても、そのことから憲法25条が無効とはいえません。同様に、宣言的条約が、それによる請求が認められなかったとしても、そのことによって、その条約が国内的効力を持たないとはいえないわけですね。

なお、日本の判例においては、国際人権B規約などに基づく請求に対しては、国内の法がないことを理由に棄却する例が多く、自動執行力は認めていないようですが、国内的効力を明言で否定したわけではありません。

政府見解は、外国人個人への戦後補償問題については、自動執行力を持たない条約であって、それによる主張はできないとし、一方で、沖縄問題などについては、自動執行力を持つとして、国際法優位を主張します。

これらの例を見る限り、実務上は、自動執行力と、国内的効力を分けて考えていないと言って良いんじゃないでしょうか。

もちろん、どうあるべきかは別の話ですが。




問題41 多肢選択式

こういう問題、判例文を覚えておかなくちゃ、なんて思っちゃだめですよ。
そうじゃなくて、判例の論理ってのを知っていれば大丈夫です。
国語の読解問題としてでもある程度は解けます。


問題41
次の文章は、宗教法人Xへの解散命令の合憲性に関して、Xの特別抗告に対して下された最高裁判所決定の一節である。空欄[ア]〜[エ]に当てはまる語句を、枠内の選択肢(1〜20)から選びなさい。
 「(宗教法人)法81条に規定する宗教法人の解散命令の制度は、前記のように、専ら宗教法人の[ア]側面を対象とし、かつ、専ら[ア]目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・[イ]側面に容かいする意図によるものではなく、その制度の目的も合理的であるということができる。そして…(中略)…抗告人が、法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められ、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたことが明らかである。抗告人の右のような行為に対処するには、抗告人を解散し、その法人格を失わせることが[ウ]かつ適切であり、他方、解散命令によって宗教団体であるXやその信者らが行う宗教上の行為に何らかの支障を生ずることが避けられないとしても、その支障は、解散命令に伴う[エ]で事実上のものであるにとどまる。したがって、本件解散命令は、宗教団体であるXやその信者らの精神的・[イ]側面に及ぼす影響を考慮しても、抗告人の行為に対処するのに[ウ]でやむを得ない法的規制であるということができる。」
(最一小決平成8年1月30日民集50巻1号199頁以下)

1 直接的  2 間接的  3 積極的  4 消極的  5 明白  6 具体的  7 抽象的  8 容易  9 中立的  10 宗教的  11 可能  12 政治的  13 支配的  14 指導的  15 必要  16 社会的  17 裁量的  18 手続的  19 世俗的  20 有効

解説

著名な判例ですので、知っていれば瞬殺です。

しかし、行政書士の知人に確認したところ、必ずしも行政書士のテキストには載っていないということでした。
ですので、一般的知識からの解き方を検討しておきましょう。


まずは、本文の構造を大雑把につかむこと。

宗教法人の解散命令の制度
⇒宗教法人の[ア]側面を対象、かつ、[ア]目的
精神的・[イ]側面に容かいする意図ではない。

抗告人は法令に違反、著しく公共の福祉を害し、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為。
⇒その行為に対処、抗告人を解散し、その法人格を失わせることが[ウ]かつ適切。

解散命令⇒宗教上の行為に何らかの支障。
しかし、その支障は、解散命令に伴う[エ]で事実上のもの

したがって、
解散命令は、精神的・[イ]側面に及ぼす影響を考慮しても、
行為に対処する上で[ウ]でやむを得ない法的規制。


まず、宗教法人の解散命令は、精神的側面に口出さないっていってますね。そうじゃないよ、○○なんだよ。

宗教の精神的側面とは、なんですか?そう、信仰ですよね。でも、精神的じゃないんだよ、っていいます。宗教的行為は、もちろん、宗教としての意味を持つと同時に、社会から見れば、一つの行為です。信仰に基づけば何してもよいってわけじゃないんですよね。それは、宗教的行為には別の側面があるから。

ここでは、その話をしているのはわかりますね。

ですから、ここは、精神的側面、宗教的側面をとやかく言うんじゃないよ。そうじゃなくて、行為の対社会的な側面、世俗的側面を問題にしてるんだよ、ってことです。

世俗という言葉は、宗教学をかじった人にはおなじみの言葉です。この世的(secular)、ラテン語から来た言葉で、聖なるもの(holy)に対置されます。

そのあと、繰り返し、「行為」に対処するには、って言ってますから、ここは当然、なんらかの具体的な行為、社会に害悪を与えた行為に対処するという話なわけ。

それには、この処分が○○かつ適切。そして、ずっと後で、○○でやむをえない規制、っていってますね。

ここは人権制限の一般的な原則を考えてください。。
有効かつ適切?
それだけじゃ人権制限を正当化できませんよ。

必要かつ適切。
これがどうしても大切です。

どういうことか、

これは違憲審査基準論を学んでいなくても、
一般的な知識として知っていてほしいのですが、
経済政策などを除いた、人権の制約、
特に、精神的自由の制約においては、
判例は、目的を審査し、次に手段を審査します。

基準自体はいろいろですが、
目的は、少なくとも正当でなくてはいけません。

本当は、それが重要だ、とか、やむにやまれるとかありますが、
まあ、それは置いておくとして、

もう一つ、その手段が無茶じゃないか?ってのも審査します。

目的は立派。
ハルマゲドンを教義にした宗教団体の反社会的・破壊的行為をやめさせたい。

でも、そのための手段として、
関係者に踏絵を迫り、改宗しなければ、火あぶり、はりつけ、一族郎党皆殺し、
…って、それじゃあ、江戸時代でしょ。

そんな手段は許されません。
そもそも適切でもないでしょうけどね。

手段も、やたらめったら、はダメ。
だって、精神的自由を制約しちゃうんだからね。

だから、ある程度しぼらないといけません。
こういう基準にはいくつかあって、
必要最低限とか、
必要やむをえない、とかね、

普通に考えても、せめて規制が必要じゃなきゃ困るでしょ。

「別に必要ないけど、規制しちゃった、テヘッ。」

テヘッじゃねえだろ!って、怒りますよね。

てなわけで、もし選択肢の中に、
必要最低限とか、必要最小限度、とかがあったら、
悩みますけど、この選択肢は楽。

必要、しかないんだもん。
しかも、後のほうで
「○○でやむをえない法的規制」
って言ってますね。

必要でやむをえない法的規制、ってことで
あっさり確定。

次に、この最高裁決定が、
必要でやむをえないと言っている理由に注目。

ここで出てくるのが、判例の一般的手法。
有名な猿払事件もそう。

要は付随的規制論って言われるやつね。

いやあ、精神的自由を制約しちゃった。
でも、それが狙いじゃないんだよ。
対社会的な部分を制約しようとしたら、
たまたま精神的自由にも制約が及んじゃったんだよ。

でも、いいよね。
だって、精神的活動そのものをやめろ、って言ったんじゃないんだもん。
結果的に、できなくなっちゃったってだけだもん。

だから、手段は必要で適切だよ。

って、言ってます。

いや、そんな言い方しないけどね。

この件に即して言えば、

信者や宗教団体の信仰を狙ったんじゃないんですよ。
ただ、あの人たちの悪い行為をやめさせようとしたんです。
世俗的な目的だったんですよ。
その結果、たまたま信仰も制約しちゃうけど、
まあ仕方ないよね、
別に信仰を直接制約してないもん。
たまたま、間接的に制約になっちゃったってだけだもん。

って、話。

で、答えは、間接的。ですね。

そんなわけで、
この決定は有名なものですが、別に覚えておくほどのものではありません。

最高裁のいつもの手だな、って思っておけば十分。

ところで、この決定、第一小法廷です、
裁判長は、かの小野幹雄判事。

それ以上は言いませんので、興味ある人は調べてみてください。

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