憲法、憲法判例、憲法学習法

平成23年度司法書士試験憲法

平成23年度司法書士試験憲法

第1問

次の対話は、海外渡航の自由に関する教授と学生AからEまでとの対話である。教授の質問に対する次のアからオまでの学生の解答のうち、判例の趣旨に合致するものは幾つあるか。

教 授: 海外渡航の自由が憲法上保障されるという点については学説上争いがありませんが、その根拠規定についてどのように考えますか。

学生A:ア 私は、憲法第22条第2項で保障されている「外国移住」の自由と「国籍離脱」の自由のうち、「国籍離脱」の自由に含まれると考えます。日本国の主権から永久に離脱する自由を認める以上、日本国の主権の保護を受けながら一時的に日本国外に渡航する自由が含まれるのは当然だからです。

学生B:イ 私は、憲法第22条第2項ではなく、一般的な自由又は幸福追求の権利の一部として、憲法第13条により保障されると考えます。旅行の自由は、単なる移動の自由ではなく、国の内外を問わず、旅行地の文化や人々との交流が人格形成に多大な影響を及ぼすという精神的自由の側面を有しているからです。

教 授: それでは、海外渡航の自由を制限することはできますか。

学生C:ウ 私は、海外渡航の自由は、憲法第22条第2項が根拠規定だと考えますが、憲法第22条第2項は、憲法第13条や憲法第22条第1項と異なり、「公共の福祉に反しない限り」という文言がありませんので、海外渡航の自由を制限することはできないと考えます。

学生D:エ 私は、海外渡航の自由といえども、無制限のままに許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと考えます。

教 授: それでは、一定の場合に外務大臣が旅券の発給を拒否することができることを定める旅券法第13条第1項第7号の合憲性について、どのように考えますか。

学生E:オ 結論として、合憲であると考えます。旅券法第13条第1項第7号は、明白かつ現在の危険が存在する場合に限って旅券の発給を拒否していると解されますので、このように旅券の発給を拒否することができる場合を限定的に解すれば、憲法に違反するとはいえないと考えます。

1 1個  2 2個  3 3個   4 4個  5 5個   
(参考)
憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

旅券法
(一般旅券の発給等の制限)
第13条 外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。
一~六(略)
七 前各号に掲げる者を除くほか、外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者
2 (略)

この問題は司法書士試験の憲法としては比較的難問に入るかもしれません。多くの場合、本問のような形式の問題は、常識および国語力だけで解けるのですが、この問題は、憲法の基礎知識がないと正解しにくい選択肢が混ざっています。

しかも個数問題ということで、一つ判断ミスをするとアウトです。憲法をほとんど勉強していなかった場合は、少し難しいでしょう。

(1)海外渡航の自由が保障される根拠規定

ア 私は、憲法第22条第2項で保障されている「外国移住」の自由と「国籍離脱」の自由のうち、「国籍離脱」の自由に含まれると考えます。日本国の主権から永久に離脱する自由を認める以上、日本国の主権の保護を受けながら一時的に日本国外に渡航する自由が含まれるのは当然だからです。

この選択肢は、比較的やさしかったと思います。間違いですね。

アのように、海外旅行の自由を、海外移転の自由ではなく国籍離脱の自由に含まれると考えるのはかなり無理があります。これは特に学説知識は必要なくわかると思います。(むしろ、基本書を読んでも、このような説は載っていません。)

イ 私は、憲法第22条第2項ではなく、一般的な自由又は幸福追求の権利の一部として、憲法第13条により保障されると考えます。旅行の自由は、単なる移動の自由ではなく、国の内外を問わず、旅行地の文化や人々との交流が人格形成に多大な影響を及ぼすという精神的自由の側面を有しているからです。

最高裁は13条から新たな人権保障を引き出すことに慎重であることはご存知の通りです。他の条文で保障できると説明できるときに、13条を使うことはないと考えにくいです。海外旅行の自由というのは、基本書には通常載っていますが、比較的マイナーな論点ですので、判断基準としては、判例の基本ラインで考えるのが良いのではないでしょうか。

というわけで、この肢は判例の考え方ではないのですが、テキストを勉強していないと難しいでしょうね。

なお、海外旅行の自由の根拠条文については、
① 22条2項の外国移住の自由に含まれるという説
② 22条1項の移転の自由に含まれるという説
③ 13条の幸福追求権に含まれるという説
の3説あります。

これらの説の違いはあまりたいした話ではなく、「国内の移動と海外への移動で分けるのがスマート」「いや、移住に旅行が含まれないのだから、1項の移転の自由だ」「いや、移転という言葉にだって旅行は含まれないから、幸福追求権だ」という程度の議論です。

判例および通説は、22条が1項で国内での移動に自由を保障し、2項が外国への移動の自由を保障していると考えます。

ここで①と②で選ばせたとしたら、もう少し難易度が上がったのでしょうが、アで国籍離脱の自由などというとんでもないものを出してきたあたり、出題者も仏心を見せたようですね。

(2)海外渡航の自由を制限することはできるか。

ウ 私は、海外渡航の自由は、憲法第22条第2項が根拠規定だと考えますが、憲法第22条第2項は、憲法第13条や憲法第22条第1項と異なり、「公共の福祉に反しない限り」という文言がありませんので、海外渡航の自由を制限することはできないと考えます。

これは居住・移転の自由というよりは、人権の制約に関する常識問題です。文言上、公共の福祉という言葉が使われていないから権利を制限できないなどということはありえません。

これまた簡単な肢です。もちろん、間違っています。

エ 私は、海外渡航の自由といえども、無制限のままに許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと考えます。

これも当たり前といえば当たり前です。逆に、公共の福祉のための合理的な制限に服さない権利・自由というものはほとんどありませんね。これも瞬殺。正しい肢です。

(3)旅券法第13条第1項第7号の合憲性

オ 結論として、合憲であると考えます。旅券法第13条第1項第7号は、明白かつ現在の危険が存在する場合に限って旅券の発給を拒否していると解されますので、このように旅券の発給を拒否することができる場合を限定的に解すれば、憲法に違反するとはいえないと考えます。

「明白かつ現在の危険」という法理は、表現の自由の内容規制などの重大な権利侵害を正当化しうるための、厳格な基準です。つまり、通常だったら、「首相の悪口を書いてはいけません」とか「無神論はいけません」とか、そのような表現内容に注目した規制というのは、文句なく違憲なのですが、社会情勢が極めて不安定なときに、一定の内容の表現を規制する(たとえば暴力行為を煽動するような表現を規制など)ようなときに、この明白かつ現在の危険という法理が使われるわけです。

もちろん、明白かつ現在の危険という法理が、論理必然的に表現の自由においてしか使われないというものではありませんが、この基準は、かなり厳格な違憲審査基準であり、きわめて重要な権利に対する、重大な侵害を正当化するために使われる法理です。ですから、現実的には、集会の自由などでお目にかかるくらいではないでしょうか。

というわけで、この肢は間違い。これは表現の自由の基本を学んでいないとわからないかもしれません。

帆足計事件(最大判昭和33・9・10)において、旅券発給を拒否された帆足計氏は、旅券発給拒否は公共の福祉に対する明白かつ現在の危険が存在する場合のみに限られるべきであると主張しましたが、最高裁は、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由」と規定する旅券法13条1項5号は、将来においてそのような行為を行うおそれがある場合も含み、「明白かつ現在の危険がある」場合に限定するものではないと判示しました。

なお、この事案は、昭和27年という占領管理体制の下、朝鮮戦争継続中という国際情勢の中で、ソ連に行こうとしたものでした。さらに、帆足計氏は、外務省にソ連には行かないという一筆を入れた上で、旅券を取得し、その後、デンマーク経由でソ連に入国しています。こうした事案ですので、この判決の先例性については再検討の余地があるとも言われています。

以上、判例の趣旨に即したものは、エだけでした。なお、アからオの中で、イとオについては、憲法の基礎知識がないと判断が難しかったかもしれません。

第2問

憲法上、内閣に法律案の提出権が認められているかについては、これを肯定する考え方と否定する考え方がある。次のアからオまでの記述のうち、「この考え方」が内閣の法律案の提出権を否定する考え方を指すものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。

ア 「この考え方」は、憲法上の明文の規定の存否を重視した上、憲法第72条の「議案」とは、本来内閣の権限に属する作用についての議案のことであると主張する。

イ 「この考え方」は、憲法が議院内閣制を採用しており、国会と内閣との協働関係を想定していることから導かれると主張する。

ウ 「この考え方」に対しては、国会は法律案について自由に審議し、修正し、否決することができるとの反論がある。

エ 「この考え方」は、仮に反対の立場に立ったとしても、議員たる国務大臣が議員の資格で発議することができることを考慮すると実質的な結論は変わらないと主張する。

オ 「この考え方」の中にも、内閣による憲法改正案の提出権が認められるかという問題については、日本国憲法が憲法改正について立法権とは異なる独立の章で取り扱っていることなどを考慮し、法律案の提出権の場合とは異なる結論を導く見解がある。

 1 アウ   2 アエ   3 イエ   4 イオ   5 ウオ

(参考)
憲法
第72条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

この問題の前提として、内閣の法律案提出権は憲法上明記されていないということを確認してください。もっとも、この問題が、内閣の法律案提出権を肯定する考えと否定する考えがあることが前提に作られていますので、憲法に明文規定がないことはわかると思います。(明文規定があれば否定論は出てきませんから。)

これは、国会の単独立法の原則を侵さないかという議論です。憲法41条は、国会を国の唯一の立法機関と規定しています。

ア 「この考え方」は、憲法上の明文の規定の存否を重視した上、憲法第72条の「議案」とは、本来内閣の権限に属する作用についての議案のことであると主張する。

憲法上の明文規定があるかないかを重視するということは、明文規定がないのならば駄目、という考え方のはずです。後半の、72条の「議案」が内閣の権限に属する作用についての議案についてのみということからも、一般に法律案を提出することはできないという主張であることがわかると思います。よって、このアは、否定説ですね。

イ 「この考え方」は、憲法が議院内閣制を採用しており、国会と内閣との協働関係を想定していることから導かれると主張する。

憲法が、国会と内閣の協働関係を想定していることを強調するのであれば、内閣が議案を提出するというのもそれほど抵抗がないと考えられます。ですからこれは肯定説ですね。

ウ 「この考え方」に対しては、国会は法律案について自由に審議し、修正し、否決することができるとの反論がある。

この反論は、内閣の法律案提出は、国会単独立法に反するから認められないという考え方に対しての反論ですね。国会は、法律案を自由に審議できますし、修正することも、否決することもできるわけだから、国会が国の唯一の立法機関と定める憲法41条に反していないということです。ですから、「この考え方」は否定説です。

エ 「この考え方」は、仮に反対の立場に立ったとしても、議員たる国務大臣が議員の資格で発議することができることを考慮すると実質的な結論は変わらないと主張する。

つまり、内閣による法律案提出が認められなかったとしても、議員である国務大臣が、議員として発議すればよいのだから、内閣に法律案提出を認めたときと実質的な結論は変わらないというのです。ですから、肯定説です。

オ 「この考え方」の中にも、内閣による憲法改正案の提出権が認められるかという問題については、日本国憲法が憲法改正について立法権とは異なる独立の章で取り扱っていることなどを考慮し、法律案の提出権の場合とは異なる結論を導く見解がある。

法律案の提出権と憲法改正案の提出権とで異なる結論を導くと言っています。法律案の提出権がなくて、憲法改正案の提出権がある、ということはありえませんので、これは法律案の提出権を認め、しかし、憲法改正案の提出権は認めないという見解ですね。これは、法律案の提出については肯定説です。

以上、アからオまでのどれも、内閣の法律案提出権が憲法41条の国会単独立法の原則を侵すものとして否定されるか、という問題だけを把握できていれば、あとは特別な知識なく見解を確定できるものでした。そして、アとウが、否定説ですので、選択肢1のアウが正解となります。

第3問

次の対話は、司法権の独立に関する教授と学生との対話である。教授の質問に対する次のアからオまでの学生の解答のうち、誤っているものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。

教授: 司法権の独立の原則には、司法権が立法権及び行政権から独立して自主的に活動することと裁判官が裁判をするに当たって独立して職権を行使することという二つの意味があると言われています。司法権が立法権及び行政権から独立して自主的に活動することを担保するものとして、憲法上どのようなことが定められていますか。

学生:ア 例えば、最高裁判所の規則制定権や、最高裁判所による下級裁判所裁判官の指名権が定められています。

教授: それでは、裁判官が裁判をするに当たって独立して職権を行使することを担保するものとして、憲法上どのようなことが定められていますか。

学生:イ 例えば、憲法第76条第3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めていますが、この規定は、裁判の公正を保つために、裁判官の職権の独立をうたったもので、裁判官の職権行使に対する不当な干渉や圧力が排除されています。

教授: 憲法第76条第3項の「その良心に従ひ」とは、どのような意味だと考えますか。

学生: 私は、同項にいう「良心」とは、個人的・主観的な良心ではなく、客観的に存在する法を発見し、それに従うべし、という裁判官の職業倫理を意味すると考えます。

教授: 客観的に存在する法が不明確であり、一義的に答えが発見しにくい法律問題については、あなたが今述べた考え方に立てば、裁判官として、どのような選択をすべきことになりますか。

学生:ウ 客観的に存在する法が不明確である以上、裁判官の主観的な判断、つまり、個人としての道徳観に従った選択をすることになります。

教授: 国民が、個別の刑事事件について、その量刑が軽すぎると批判することは、司法権の独立を侵害しますか。

学生:エ 国民の裁判批判は、表現の自由の一環ですので、国民が個別の刑事事件の量刑を批判したからといって、直ちに司法権の独立を侵害するとは言えないものと考えます。

教授: 裁判官の職権行使の独立を実効性のあるものにするためには、裁判官の身分が保障されている必要があると思いますが、下級裁判所の裁判官の身分は、どのように保障されていますか。

学生:オ 下級裁判所の裁判官は、弾劾裁判所の裁判による場合、いわゆる分限裁判によって心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合又は分限裁判によって懲戒された場合でなければ、罷免されることはありません。

1 アイ  2 アエ  3 イウ  4 ウオ   5 エオ 
  

この問題は、一見すると条文の知識がないと難しそうに見えます。しかし、実際には、憲法の基本的な常識と国語力で判断ができる問題です。

(1)司法権の独立を担保する憲法上の規定

ア 例えば、最高裁判所の規則制定権や、最高裁判所による下級裁判所裁判官の指名権が定められています。

これは正しい肢ですね。司法部の独立のためには、裁判に関する準則や、司法に関する裁判以外の事項を、司法部が、他の干渉を受けることなく決定できることが重要です。ですから、憲法は規則制定権や人事権を司法に認めているわけです。

ただし、この肢を判断できるには、多少の憲法の基礎常識が必要かもしれません。

(2)裁判官の独立した職権行使を担保する憲法上の規定

イ 例えば、憲法第76条第3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めていますが、この規定は、裁判の公正を保つために、裁判官の職権の独立をうたったもので、裁判官の職権行使に対する不当な干渉や圧力が排除されています。

これについては全く問題ないでしょう。ごく当たり前のことで、条文の文言からも素直に理解できますね。

(3)憲法第76条第3項「その良心に従ひ」の意味

「同項の「良心」とは、個人的・主観的な良心ではなく、客観的に存在する法を発見し、それに従うべし、という裁判官の職業倫理を意味する」という考えを前提として、客観的に存在する法が不明確で、一義的に答えが発見しにくい法律問題に対して、どのような選択をすべきか、という問いに対する答えです。

ウ 客観的に存在する法が不明確である以上、裁判官の主観的な判断、つまり、個人としての道徳観に従った選択をすることになります。

なんだかすごいことになっています。客観的に存在する法を発見し、それに従うべし、という裁判官の「職業倫理」を意味する、と言っておいて、いきなり個人としての道徳観に従った選択をしてしまうというのですから、矛盾しています。

この矛盾に気づくのはそれほど難しくはないでしょう。このウは誤りといことになります。

補足

ところで、裁判官の良心が問題になりうる場面というのは、
(1)法の解釈
(2)法の不存在
の二つの場面です。

そこから考えても「客観的に存在する法を発見し」というのは成文法を見つけて文理通りに適用するという意味ではありえません。法の背後にある全法的な客観原理を発見すること、いわば「条理」というものを発見し、それに従って、法の解釈を行い、あるいは、そのような条理によって判断することだと考えられます。

なお、通説である客観的良心説によると、法規定のみでは解決できない問題に対しては、「全法体系の客観的原理を見つけ、そこからの論理的帰結をもって判断すべき」(佐藤幸治「憲法」青林書院)とします。そして、裁判官の良心については「とくに明確な職業的自覚」(同)と把握します。法規定の文理適用によって問題が解決できないからといって、主観的な判断によって判断してしまうのであれば、これは客観的良心説とはいえません。

(4)国民による批判

エ 国民の裁判批判は、表現の自由の一環ですので、国民が個別の刑事事件の量刑を批判したからといって、直ちに司法権の独立を侵害するとは言えないものと考えます。

これも当たり前といえば当たり前ですね。そもそも司法権と言えども、国家権力の一つですから、それに対する国民の批判が許されないなどということがあってはなりませんね。

(5)下級裁判所裁判官の身分保障

オ 下級裁判所の裁判官は、弾劾裁判所の裁判による場合、いわゆる分限裁判によって心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合又は分限裁判によって懲戒された場合でなければ、罷免されることはありません。

裁判官の罷免は、弾劾裁判所の裁判と心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合だけです。分限裁判による懲戒で罷免されることはありません。これは憲法上の保障です。(78条「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。」)

オは誤っているわけですが、これに気がつくためには、憲法の条文を知らなければ、苦しいと思います。

以上、アとオに関しては、多少の憲法の知識が必要です。しかし、肢イエが正しいこと、肢ウが誤っていることは、憲法の知識がなくともわかると思います。

選択肢は
1 アイ  2 アエ  3 イウ  4 ウオ   5 エオ 
ですから、イエを含むものを消去すると、実はそれだけで4のウオだけが残ります。

ですから、この問題3も、憲法の試験としてはかなり易しい部類となります。

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