憲法、憲法判例、憲法学習法

平成24年度司法書士試験憲法

平成24年度司法書士試験憲法

第1問

財産権に関する次のアからオまでの記述のうち、判例の趣旨に照らし正しいものの組み合わせは、後記1から5までのうちどれか。

ア 憲法第29条第1項は、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎を成す国民の個々の財産権につき、これを基本的人権として保障した規定である。
イ 財産権を制限する法律は、職業選択の自由に対する社会経済政策上の積極的な目的の規制と同様に、立法府がその裁量権を逸脱し、その規制が著しく不合理であることが明白である場合に限り、違憲無効となる。
ウ 憲法第29条第3項の「正当な補償」とは、完全な補償を意味するものであって、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額は、「正当な補償」ということはできない。
エ 憲法第29条第3項の「補償」を要する場合とは、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いる場合をいい、公共の福祉のためにする一般的な制限である場合には、原則的には、「補償」を要しない。
オ 憲法上補償が必要とされる場合であるにもかかわらず、財産権の制限を規定した法律が補償に関する規定を欠いているときは、当該法律は、当然に違憲無効となる。
(参考)
  憲法
  第29条 財産権は、これを侵してはならない。
  2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、
    法律でこれを定める。
  3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために
    用ひることができる。

1 アウ   2 アエ   3 イウ   4 イオ   5 エオ

第1問は、財産権に関し、「判例の趣旨に照らし正しいもの」という問題です。ですが、判例にそれほど詳しくなくても、正解がすぐに特定できた人も多いのではないのでしょうか。逆に、財産権の判例の解釈は、結構議論も多いところですし、まさにその議論の焦点である違憲審査基準の話などは、これが正解というものを選びにくいものです。ですから、この問題は難しく考えず、当たり前っぽいものを選ぶのが正解です。

この問題は、判例問題といいながらも、判例集を読むよりは、基本書を読むのが正答への道です。基本書といっても、別に学者の書いた正統的なものである必要はなく、試験用のわかりやすいものでもよく、基本的な考え方がつかめさえすれば十分です。

ア 憲法第29条第1項は、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎を成す国民の個々の財産権につき、これを基本的人権として保障した規定である。

これは、どんな基本書にも書いていることですね。29条1項は、個人が現に有している財産を保障するとともに、私有財産制のそのものの保障とされています。

イ 財産権を制限する法律は、職業選択の自由に対する社会経済政策上の積極的な目的の規制と同様に、立法府がその裁量権を逸脱し、その規制が著しく不合理であることが明白である場合に限り、違憲無効となる。

これは少し難しいかもしれません。職業選択の自由において、判例は積極・消極の規制目的二分論に基づいた違憲審査基準を定立しているといわれます。一方、財産権においては、森林法事件(最大判昭和62・4・22)が目的を積極的なものとして認定しつつ、厳格な合理性の基準を採用しています。そのため、一般的には、最高裁は、財産権については規制目的二分論を採用していないと理解されています。(ただし、芦部先生は、消極的目的規制の要素が強いと主張しました。)

いずれにせよ、この選択肢のような単純な一般化ができないことは確実です。そもそも最高裁は、事案の性質に合わせて柔軟に比較衡量を行う傾向が強く、このような違憲審査基準の選択肢で、一般論を述べているときは誤りである可能性が高い、と思われます。

ウ 憲法第29条第3項の「正当な補償」とは、完全な補償を意味するものであって、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額は、「正当な補償」ということはできない。

正当な補償というのが、完全な補償を意味するのか、相当な補償でよいとするのかについては議論があります。判例も、自作農創設特別措置法事件(最大判昭和28・12・23)では「その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき、合理的に算出された相当な額」として相当補償説を採用しているようですが、その後、土地収用法に関して完全補償が必要としました。(最判昭和48・10・18)しかし、平成14年に、自作農創設特別措置法事件の言い回しを引用、相当な補償でよいとして、補償金額の算定基準時を変更した改正土地収用法71条を合憲としました。

結局のところ、最高裁は、憲法29条3項の「正当な補償」という文言が、一般的に「完全補償」なのか「相当補償」なのかを決定しようとすることにはあまり意味はなく、事案に応じて、求められる補償はどのようなものなのか、と考えていると思われます。

改正土地収用法については、すでに下級審で、完全補償説を前提としつつ、柔軟な解釈によって合憲とするものが見られていました。最高裁はその立場をとらず、相当な保障という言い回しを採用しましたが、完全といおうが、相当といおうが実質的には違いはありません。

もっとも、この肢の場合、自作農創設特別措置法事件さえ知っていれば誤りであることはわかるようにできています。その意味では決して難しい肢ではありません。

関連説明:憲法29条3項の「正当な補償」について

エ 憲法第29条第3項の「補償」を要する場合とは、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いる場合をいい、公共の福祉のためにする一般的な制限である場合には、原則的には、「補償」を要しない。

これはわかりやすい選択肢ですね。建築基準法によって建物の高さに制限があるからって「補償」が必要なわけがありません。(なお、29条3項の「公共のために用ひる」というのは、収用に限らず、強制的な財産権の制限を含むとするのが通説・判例です。)ですから、エは当然正しいわけです。

なお、補償が必要になるのは、エの文章にもあるように「特別の犠牲」といわれる場合です。これは、形式的には特定の個人か一般人を対象としているか、そして、実質的に、財産権に内在する制約として受忍すべき限度を超えた侵害があるかどうか、で判断されます。

河川附近地制限令事件(最大判昭和43・11・27)で最高裁は、
「この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきもので」「特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから」本件程度の制限には損失補償を要件としない、と述べています。ただし、河川附近地で事業を行い、資本を投下していた本件では、一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を超え特別の犠牲を課したものと見る余地を認めました。

オ 憲法上補償が必要とされる場合であるにもかかわらず、財産権の制限を規定した法律が補償に関する規定を欠いているときは、当該法律は、当然に違憲無効となる。

先ほどの河川附近地制限令事件(最大判昭和43・11・27)で、最高裁は、河川附近地で操業を行っていた人は、特別な犠牲を課されたとされましたが、それに対する補償規定がない河川附近地制限令は違憲無効になるかが争われました。

これに対し、最高裁は、憲法29条3項を根拠として、別途、補償請求をする余地が全くないわけではない、として、本件の規定を違憲とはしませんでした。

第2問

次の文章は、立法権と行政権の関係に関する文章である。(   )の中に後記の語句群の中から適切な語句を選択して文章を完成させた場合に、( ① )から( ⑤ )までに入る語句の組合せとして最も適切なものは、後記1から5までのうちどれか。
なお、(  )の中には、後記の語句群のアから力までの語句のうち一つのみが入り、各語句を2回以上使用することはないものとする。

立法権と行政権との関係については、各国ごとに様々な類型がある。この点について米国と日本の制度を比較すると、米国においては、( ① )という関係にあるのに対し、日本においては、( ② )という関係にあるという違いがあるということができる。日本国憲法が、内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うと定めているのも、日本におけるそのような立法権と行政権との関係を表すものである。ところで、日本における内閣による衆議院の解散権については、内閣に無条件の解散権を認めると、( ③ )ことになるとして、内閣不信任決議があった場合にのみ認められるべきであるという考え方もあるが、慣行上、内閣は、衆議院による内閣不信任決議があった場合に限らず、衆議院を解散することができるという考え方による運用が確立している。内閣による解散権は、( ④ )という意義を有しており、加えて、内閣による無条件の解散権と衆議院による無条件の内閣不信任権が存在することにより、( ⑤ )ことになると考えられるということは、このような慣行を支持する根拠となる。

 [語句群]
ア 主権者としての国民に対し、国政の在り方について意見表明する機会を提供する
イ 立法権が一般的、抽象的法規範たる法律を定立する作用を有し、行政権が法律を執行する
ウ 行政権と立法権が共に民主的基盤を有することを背景として、相互に、他方を抑制して均衡を保とうとしている
エ 民主的基盤を有しない行政権が民主的基盤を有する立法権に強大な支配力を及ぼすことを可能とする
オ 行政権の成立及び存続の基盤が立法権の信任を基礎としている
力 行政権と立法権は、他方の権限行使を抑止するために、常に民意に近づこうと行動する   

1 ①イ ③エ   
2 ①ウ ④エ   
3 ②オ ④ア   
4 ②イ ⑤カ   
5 ③カ ⑤オ

この問題は、かなりやさしい問題で、日本の統治構造についての基本的な知識があれば十分正解できる問題でした。こういうのを常識を背景とした国語問題といいますが、さっそく検討してみましょう。

立法権と行政権との関係については、各国ごとに様々な類型がある。この点について米国と日本の制度を比較すると、米国においては、( ① )という関係にあるのに対し、日本においては、( ② )という関係にあるという違いがあるということができる。日本国憲法が、内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うと定めているのも、日本におけるそのような立法権と行政権との関係を表すものである。

まず、日本とアメリカの三権分立のあり方の違いとして、米国は大統領制をとっていること、つまり、国民から選ばれた大統領が議会と並び立つ構造であり、一方、日本は議院内閣制を採用し、内閣が議会多数派の信任を基盤とするという違いがあります。

以上は、テレビニュースを見ていればわかる常識的なことですので、
①ウ 行政権と立法権が共に民主的基盤を有することを背景として、相互に、他方を抑制して均衡を保とうとしている
②オ 行政権の成立及び存続の基盤が立法権の信任を基礎としている
は、あっさり入れられると思います。

そこで、選択肢を確認すると、1の①イ③エと、4の②イ⑤カは消去できます。
よって、残りは、2の①ウ④エ、3の②オ④ア、5の③カ⑤オです。

ところで、日本における内閣による衆議院の解散権については、内閣に無条件の解散権を認めると、( ③ )ことになるとして、内閣不信任決議があった場合にのみ認められるべきであるという考え方もあるが、慣行上、内閣は、衆議院による内閣不信任決議があった場合に限らず、衆議院を解散することができるという考え方による運用が確立している。

憲法69条は、衆議院が内閣不信任決議を行ったときに内閣が衆議院を解散できることを規定していますが、それ以外の場合についての規定はありません。憲法7条には、天皇が内閣の助言と承認を前提として衆議院の解散を行うと規定されており、この憲法7条のみを根拠とした7条解散が認められるか、争いがありました。

選択肢の中で、7条解散を認めない根拠になりうるものは、
エ 民主的基盤を有しない行政権が民主的基盤を有する立法権に強大な支配力を及ぼすことを可能とする
だけですので、③がエであることもあっさり確定できます。

この時点で、2の①ウ④エ、5の③カ⑤オは除外されて、残った3の②オ④アが答えであることは確定されます。

一応、残りも見ておくと、

内閣による解散権は、( ④ )という意義を有しており、加えて、内閣による無条件の解散権と衆議院による無条件の内閣不信任権が存在することにより、( ⑤ )ことになると考えられるということは、このような慣行を支持する根拠となる。

ここで問われているのは、内閣によって衆議院が解散されることの意義です。

④は、「ア 主権者としての国民に対し、国政の在り方について意見表明する機会を提供する」選挙によって国民は意見表明ができるわけですが、内閣による解散が行われることでその機会が増えるといっているわけです。

⑤は、「力 行政権と立法権は、他方の権限行使を抑止するために、常に民意に近づこうと行動する」常に解散・総選挙の可能性があると思えば、民意に近い行動を意識するようになるというわけです。

内閣による解散権というのが、解散の民主的機能、つまり民意を問うという機能を根拠として認められるということがわかっていれば後半も簡単だったと思います。ただ、正解を導くためだけであれば、①から③までが正解できれば十分です。

第3問

条例に罰則を設けることについては、①法律による授権は不要であるとする見解、②法律による授権が必要であるが、一般的な委任も許されるとする見解及び③法律による授権が必要であるが、その授権は相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りるとする見解がある。次のアからオまでの記述における「この見解」が①の見解を指すものの組合せとして最も適切なものは、後記1から5までのうちどれか。

ア この見解に対しては、条例が当該条例を制定した地方公共団体の住民以外の者にも適用され得ることからすると、法的安全の見地から、現実的な妥当性があるという評価がある。

イ この見解に対しては、罰則の制定は、本来、国家事務であって、地方自治権の範囲内に属しないのではないかという批判がある。

ウ この見解に対しては、憲法第73条第6号ただし書の規定を類推適用する点において、政令は、その効力を立法府の委任から得るところの国家法であるのに対し、条例は、地方公共団体の自主立法であって、その性質を異にするという批判がある。

エ この見解によれば、地方自治法第14条第3項の規定は、地方公共団体の権限を確認し、条例によって制定することができる罰則の範囲を限定するものということになる。

オ この見解に対しては、条例が地方議会の議決によって成立する自主立法であることを一部根拠とする点において、矛盾があるのではないかという批判がある。
(参考)
 憲法
第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一~五(略)
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七(略)
地方自治法
第14条(略)
2 (略)
3 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁鋼、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。

1 アウ  2 アエ  3 イエ  4 イオ  5 ウオ   

この問題は、条例による罰則の根拠に関する3つの説を正確に知らなくとも、本文と引用条文からだけでも十分に解けるようにできています。ですから、まずは、国語的に解いてみましょう。なお、下線を引いた部分は、国語的な解釈であり、正確な理解とは少し異なり、大雑把に解釈しています。これについて興味ある方は、後半の解説を読んでください。

ア この見解に対しては、条例が当該条例を制定した地方公共団体の住民以外の者にも適用され得ることからすると、法的安全の見地から、現実的な妥当性があるという評価がある。

条例が、その条例を制定した地方公共団体の住民以外の者にも適用されうることを考えれば、罰則が地域ごとにあまりに異なることには問題があると考えられます。これは、全国一律の法律によって、相当な程度に具体的であり、限定された授権が必要とする③の考えによる見解です。

イ この見解に対しては、罰則の制定は、本来、国家事務であって、地方自治権の範囲内に属しないのではないかという批判がある。

罰則は国家事務で、地方自治権の範囲内に属さないとすれば、法律の授権が必要になります。①の見解は法律による授権が不要とするもので、この批判があてはまります。

ウ この見解に対しては、憲法第73条第6号ただし書の規定を類推適用する点において、政令は、その効力を立法府の委任から得るところの国家法であるのに対し、条例は、地方公共団体の自主立法であって、その性質を異にするという批判がある。

この批判は、政令と条例の違いに着目し、条例は当該地域の住民による自主立法であるものだから、もともと罰則を制定する根拠をもたない行政府による罰則を定めた政令とは事情が異なると批判します。条例には法律による授権は必要がない、という立場からの批判です。

この批判の対象となるのは、法律による授権が必要という立場、つまり、「②法律による授権が必要であるが、一般的な委任も許されるとする見解」と「③法律による授権が必要であるが、その授権は相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りるとする見解」です。

エ この見解によれば、地方自治法第14条第3項の規定は、地方公共団体の権限を確認し、条例によって制定することができる罰則の範囲を限定するものということになる。

この文章はわかりにくいかもしれません。この文章によると、地方自治法第14条第3項の規定は、創設規定つまり、地方公共団体の罰則を制定する権限を創設したものではなく、すでに持っている権限を確認したものということになります。ですから、もともと法律の授権によらずとも、条例は罰則を制定することができると考えているわけです。ですから、この見解は①の見解です。

オ この見解に対しては、条例が地方議会の議決によって成立する自主立法であることを一部根拠とする点において、矛盾があるのではないかという批判がある。

ここでは条例による罰則の制定には法律による委任が必要と考えて、一方で、条例は地方議会による自主立法であるから、委任の程度を緩く考えるという見解が批判されています。このような見解は、「②法律による授権が必要であるが、一般的な委任も許されるとする見解」と「③法律による授権が必要であるが、その授権は相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りるとする見解」です。

補足説明

条例による罰則については、本問題で述べられているように、
(1)限定的法律授権説
③法律による授権が必要であるが、その授権は相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りるとする見解
(2)一般的・包括的授権説(条例準法律説)
②法律による授権が必要であるが、一般的な委任も許されるとする見解
(3)憲法直接授権説
①法律による授権は不要であるとする見解
の3説に分かれると考えられています。

(1)限定的法律授権説(③の見解)は、憲法73条6号但書を根拠として、刑罰についての法律の授権が許されると考えます。

そして、憲法73条6号の要件を前提とすれば、刑罰の委任は本来、個別的具体的なものでなければならないけれど、条例が地方公共団体の議会の議決を経て成立する自治立法であることから、委任の程度が「相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りる」とするわけです。

最高裁も大阪市売春防止条例事件(最大判昭和37・5・30)で、この説をとりました。最高裁は、旧地方自治法2条3項による例示は相当程度に具体的であり、旧地方自治法14条5号による罰則も限定されているので合憲であると判示しました。

しかし、その判決が、委任が相当に具体的である根拠として挙げた旧地方自治法2条3項における詳細な事務内容の例示は、1999年の地方自治法改正によって削除されました。そのため現地方自治法の委任は、もはや「相当な程度に具体的であり、限定されている」とは言えないのではないか、と指摘されています。

つまり、限定的法律授権説によれば、現在の規定は違憲とされる可能性が指摘されています。

(2)一般的・包括的授権説(条例準法律説)
この説によると、刑罰は本来、国家の事務であり、条例によって刑罰を規定するには委任が必要ですが、条例は、自治立法であって命令とでは性質が異なるもので、憲法73条6号但書とは関係がないと考えます。しかし、憲法94条の条例制定権だけでは刑罰を規定することができないと考え、地方自治法14条3項の規定を罰則の創設規程と考えています。

そして、条例が法律に準じたものであることから、ここでの委任は一般的・包括的委任でよいと考えるのです。

(3)憲法直接授権説

憲法94条の条例制定権は、実効性を担保するための罰則の制定権を当然に含んでいると考える説です。ですから、罰則制定のために特別の授権は必要ではないと考えます。ですから、地方自治法14条3項の規定は単に、地方公共団体の権限を確認し、条例によって定めうる罰則の上限を限定したものと考えます。

下線部の正確な解説

以上を前提に、下線部を引いた部分を正しく説明すると

ウ この見解に対しては、憲法第73条第6号ただし書の規定を類推適用する点において、政令は、その効力を立法府の委任から得るところの国家法であるのに対し、条例は、地方公共団体の自主立法であって、その性質を異にするという批判がある。

この批判は、政令と条例の違いに着目し、条例は当該地域の住民による自主立法であるものだから、もともと罰則を制定する根拠をもたない行政府による罰則を定めた政令とは事情が異なると批判します。

この批判の対象は、憲法第73条第6号但書を要件とする限定的法律授権説(③の見解)に対する、一般的・包括的授権説(②の見解)および憲法直接授権説(①の見解)からの批判です。

オ この見解に対しては、条例が地方議会の議決によって成立する自主立法であることを一部根拠とする点において、矛盾があるのではないかという批判がある。

条例で刑罰を規定するにあたり、73条6号但書の要件を求めつつ、条例が自主立法であることを根拠として、その要件を緩くするというのが、「③法律による授権が必要であるが、その授権は相当な程度に具体的であり、限定されていれば足りる」という見解です。しかし、条例と命令の異質性を認めつつ、なお73条6号但書の要件を求めることには、矛盾があると指摘されます。

powered by QHM 6.0.4 haik
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional