憲法、憲法判例、憲法学習法

平成26年行政書士憲法解説

平成26年行政書士憲法過去問解説

第3問

憲法13条に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。

1 幸福追求権について、学説は憲法に列挙されていない新しい人権の根拠となる一般的かつ包括的な権利であると解するが、判例は立法による具体化を必要とするプログラム規定だという立場をとる。
2 幸福追求権の内容について、個人の人格的生存に必要不可欠な行為を行う自由を一般的に保障するものと解する見解があり、これを「一般的行為自由説」という。
3 プライバシーの権利について、個人の私的領域に他者を無断で立ち入らせないという消極的側面と並んで、積極的に自己に関する情報をコントロールする権利という側面も認める見解が有力である。
4 プライバシーの権利が、私法上、他者の侵害から私的領域を防御するという性格をもつのに対して、自己決定権は、公法上、国公立の学校や病院などにおける社会的な共同生活の中で生じる問題を取り扱う。
5 憲法13条が幸福追求権を保障したことをうけ、人権規定の私人間効力が判例上確立された1970年代以降、生命・身体、名誉・プライバシー、氏名・肖像等に関する私法上の人格権が初めて認められるようになった。

解答 選択肢3

選択肢1 正しくない

憲法13条の規定する幸福追求権は、一般的に、憲法の各条文が保障している具体的な人権条項の基礎にある包括的な基本権として、条文に具体的に規定されていない他の権利をも保障する規定と考えられています。

そして、判例も、京都府学連事件(最大判昭44・12・24)において、憲法13条の裁判規範性を認め、人権条項に規定のない肖像権の根拠としています。

選択肢2 正しくない

13条がどのような権利を保障しているかについては二つの考え方があります。

1)人格的利益説

13条の前段の個人の尊重を人格の尊重と理解し、後段の幸福追求権を、個人の人格的生存に不可欠な利益を追求する権利と理解します。

2)一般的行為自由説

13条の前段の個人の尊重を、ありのままの人間として理解し、後段の幸福追求権は、個人の個性を維持・発展するさまざまな行為が広く含むとします。

3)折衷説(便宜上つけた名前です)

通常は、一般的行為自由説と理解されていますが、13条の前段の個人の尊重を個人の自律の核心に関わる権利の保障、後段の幸福追求権を、一般的自由を保障したものと理解する立場です。

名称からもわかると思いますが、選択肢の文章「個人の人格的生存に必要不可欠な行為を行う自由を一般的に保障」と理解するのは人格的保障説です。「一般的」という言葉に惑わされないようにしてください。

選択肢3 正しい

プライバシーの権利は、伝統的には私生活の秘匿権が本質である考えられてきましたが、自律的主体性を前提として、プライバシーを自己情報コントロール権と構成する立場が有力となりました。

これは高度情報化社会においてますます重要化する視点であり、学説においては、ほとんど通説に近いと思われます。

余談ですが、行政書士試験のような公表される試験問題で、ある学説を「通説とはいえない」ということはあっても、「有力ではない」と判断させるようなことは、まずありえないので、それだけでも、この選択肢は正しい推定が働きます。

選択肢4 正しくない

前半、古典的プライバシーの権利として考えれば、そう言えなくもないのですが、自己情報コントロール権として理解されると、公権力による情報収集等も問題になります。警察によってみだりに容ぼう等を撮影されない権利を認めた京都府学連事件(最大判昭和44・12・24)や、市が弁護士会の照会に応じて前科情報を開示した前科照会事件(最判昭和56・4・14)などを考えてください。

後半、確かに、自己決定権という概念は、本来、公権力による個人の私的な事柄に対する干渉を受けない権利ですし、もともとアメリカ合衆国では州による避妊や中絶の法的規制をめぐる議論から生まれたものですから、公法上の問題となることもあるのですが、日本の場合は、学校と個人、あるいは輸血などの治療行為をめぐって病院と個人の関係において問題となることが多いのです。そうすると、学校や病院が国立・公立でないから自己決定権が問題にならないわけではなく、必ずしも公法上の問題とは限りません。

また、より根本的には、自己決定権は「社会的な共同生活の中で生じる問題」ではありません。そもそも社会的な共同生活の中で生じるのであれば、公法上の問題ではないですね。

この選択肢は、なんだか何もかもでたらめなトンデモ選択肢ですので、瞬殺してください。

選択肢5 正しくない

これまたかなりのトンデモ選択肢です。ただ、トンデモ選択肢ほど、考え出すと難しくなってしまいますので注意しましょう。

「人権規定の私人間効力が判例上確立された1970年代以降」というのは、私人間効力のリーディングケースである1973年の三菱樹脂事件や、1974年の昭和女子大事件、さらには民法90条の適用を認めた1981年の女子若年定年制事件などを指していると考えられます。

もともと、人格権は主に民法の不法行為論で論じられてきた権利であり、生命・身体、名誉・プライバシー、さらには生活的利益までを保護するものです。身体、自由、名誉については、民法710条からも不法行為になることが明白です。

ちなみに、名誉権を人格権として認めた夕刊和歌山時事事件(最大判昭和44・6・25)は、1960年代であり、私法上の人格権が論じられるようになったのは、私人間効力よりも古いことです。もちろん、憲法が幸福追求権を保障したことを受けて私法上認められるようになったわけでもありませんので、この選択肢は間違いとなります。

第4問

行政書士をめざすA君は、いくつかの最高裁判所判決を読みながら、その重要な部分を書き取ったカードを作成し、判例の論理をたどろうとしていたところ、うっかりしてカードをばらまいてしまった。その際に、要約ミスのため捨てるはずだった失敗カードが1枚混ざってしまったため、全体としてつじつまがあわなくなった。以下の1-5のうち、捨てるはずだった失敗カードの上に書かれていた文章はどれか。

1 一般に、国民生活上不可欠な役務の提供の中には、当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な提供の確保のために、法令によって、提供すべき役務の内容及び対価等を厳格に規制するとともに、更に役務の提供自体を提供者に義務づける等のつよい規制を施す反面、これとの均衡上、役務提供者に対してある種の独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置がとられる場合がある。
2 憲法22条1項は、国民の基本的人権の一つとして、職業選択の自由を保障しており、そこで職業選択の自由を保障するというなかには、広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含しているものと解すべきであり、ひいては、憲法が、個人の自由な経済活動を基調とする経済体制を一応予定しているものということができる。
3 しかし、憲法は、個人の経済活動につき、その絶対かつ無制限の自由を保障する趣旨ではなく、各人は、「公共の福祉に反しない限り」において、その自由を享有することができるにとどまり、公共の福祉の要請に基づき、その自由に制限が加えられることのあることは、右条項自体の明示するところである。
4 のみならず、憲法の他の条項をあわせ考察すると、憲法は、全体として、福祉国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しており、その見地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは明らかである。
5 おもうに、右条項に基づく個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経済活動からもたらされる諸々の弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和するために必要かつ合理的な規制である限りにおいてのみ許されるべきである。

解答 選択肢5

この問題は、実は正答率が極端に低かったと聞きます。内容は決して難しくありませんが、問題形式に戸惑ったのでしょうか。しかし、いくつかの最高裁判決の要約というのですから、結局のところ、判例の趣旨にしたがって妥当かどうかを判断する問題です。

選択肢1 妥当である

この選択肢自体は至極もっともなことを言っていますので、知識として知らなくても、妥当であるという推定は働いたと思います。

これは薬事法違憲判決(最大判昭和50・4・30)の一部であり、薬事法の適正配置規制の理由は、経営の保護という社会経済的な目的でもなければ、公共性の高い役務に関して独占的地位を与えつつ強い規制をかけるようなものでもない、と述べ、その目的は主に、国民の生命・健康の危険の防止という消極的・警察的目的と認定した部分の一部です。

出題者のお一人である石川教授は、目的二分論に批判的であり、通常、目的二分論を示したとされる薬事法事件についても、最高裁は立法目的を精査し、ドイツ流の段階理論を採用していると主張しています。

この選択肢部分は、最高裁が、積極目的か消極目的かだけではない判断をしていると読める部分です。学習者が、当然のように目的二分論を採用することに強い警告を示す選択肢と考えるべきでしょう。この選択肢が出題された以上、その延長線上に、税金目的の規制である酒類販売規制(最判平成4・12・15)や、さらに職業選択の自由を離れて、財産法について目的二分論を採用しなかった森林法違憲判決(最大判昭和62・4・22)の出題にも準備しておくべきでしょう。

選択肢2 妥当である

職業選択の自由の保障について、職業を選んだだけで遂行できないというのは無意味ですので、営業の自由も含まれるというのが通説の考え方です。

この職業遂行の自由を営業と呼ぶ場合と、もう少し日常用語に近い意味で、ある人または法人などが、自身が主体となって行う営利的事業を営業と呼ぶこともあります。実は、それによって議論は微妙に分かれていきますが、今日においてはあまり議論される論点ではありませんので、スルーしてもよいでしょう。

小売市場事件(最大判昭47・11・22)のこの部分で、最高裁は、職業選択の自由に営業の自由が含まれると述べました。

選択肢3 妥当である

これは、もう何も言うことはありませんね。決まり文句といえば決まり文句ですし、「右条項自体」つまり憲法22条1項が明示しています。

選択肢4 妥当である

公共の福祉について学んだ際に、自由国家的公共の福祉と社会国家的公共の福祉について学んだと思います。近代市民革命が生んだ自由競争を中心とした国家は、結果として社会の不調和を生み出しました。その修正として、現代の国家は、社会権をはじめとした一定の修正を自由競争に加え、経済的劣位に立つものを保護し、社会の調和的発展を目指すようになったのでしたね。

選択肢5 妥当ではない

この選択肢は、経済活動に対しては、消極的・警察的な理由による制約しか許されない、というものです。これは、選択肢4で説明した現代の社会国家観とも一致しませんし、当然ながら判例もこのような考え方はとりません。

補足:選択問題の作法

小売市場事件(最大判昭47・11・22)は、選択肢2・選択肢3の説示に続き、職業選択の自由に対する規制は、消極的・警察目的において許されることは当然とし(選択肢5、ただし、本選択肢は語尾が変更されています)、それだけでなく、社会国家的な観点からの規制も認められる(選択肢4)と語ります。

近代憲法から現代憲法の性質の変化だとか、人権に関する基礎的な知識があれば、少なくとも選択肢5の誤りは明白だったと思うのですが、意外なほど正答率が低かったのは、問題形式に惑わされたことと、選択肢1の意味がわからなかったことで戸惑ったことが原因かと思われます。

見慣れない選択肢というものは、多くの場合、正答直結肢にはなりにくいという原則は知っておいたほうがよいと思います。まれに、聞いたこともない知識が正答になる場合もありますが、その場合は、ほぼ間違いなく、その他の肢が基礎知識で切れるようにできています。そのあたりの問題作成作法を知っているだけでも、本番での戸惑いは少し減らせるかもしれませんので、覚えておきましょう。

第5問

投票価値の平等に関する次の記述のうち、判例に照らし、妥当なものはどれか。

1 議員定数配分規定は、その性質上不可分の一体をなすものと解すべきであり、憲法に違反する不平等を生ぜしめている部分のみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである。
2 投票価値の不平等が、国会の合理的裁量の範囲を超えると判断される場合には、選挙は違憲・違法となるが、不均衡の是正のために国会に認められる合理的是正期間を経過していなければ、事情判決の法理により選挙を有効とすることも許される。
3 衆議院議員選挙については、的確に民意を反映する要請が強く働くので、議員1人当たりの人口が平等に保たれることが重視されるべきであり、国会がそれ以外の要素を考慮することは許されない。
4 参議院議員選挙区選挙は、参議院に第二院としての独自性を発揮させることを期待して、参議院議員に都道府県代表としての地位を付与したものであるから、かかる仕組みのもとでは投票価値の平等の要求は譲歩・後退を免れない。
5 地方公共団体の議会の議員の定数配分については、地方自治の本旨にもとづき各地方公共団体が地方の実情に応じ条例で定めることができるので、人口比例が基本的な基準として適用されるわけではない。

解答 選択肢1

最高裁は、国政選挙の一票の格差の裁判において、格差自体が違憲状態だとしても、それに対して是正のための一定期間(合理的期間)を過ぎたと判断できる場合にはじめて違憲とします。さらに、違憲と判断しても、その選挙を無効とはせずに、事情判決の法理によって、違憲の宣言にとどめています。

まずはこの枠組みを頭に入れておきましょう。

選択肢1 妥当である

違憲としても、そこで違憲無効とせず、事情判決にとどめる理由の一つが、この選択肢1です。部分無効として、修正選挙をすればすむというものではなく、全体が無効になってしまうからですね。そうなると、選挙から判決までに国政がやってきたことは一体どうなるのか、大変な混乱が予想されます。ですから、違憲宣言にとどめるわけです。

選択肢2 妥当ではない

最初に言ったように、投票価値の格差については、まず不平等状態があり、さらに、一定の期間が経過することがあるときに、選挙は違憲と判断されるわけです。事情判決の法理がとられるのは、是正のための期間が過ぎているときであり、過ぎていなければ、格差は違憲状態でも、選挙は違憲とは宣言されません。

選択肢3 妥当ではない

それ以外の要素を考慮することが許されない、わけはありませんね。もちろん、近年では、投票価値の平等を重視する傾向にあるのですが、国会は、様々な要素を考慮に入れることが許されるし、だからこそ、投票制度については国会の裁量が広く認められるわけです。

選択肢4 妥当ではない

これは微妙な問題ですが、現在の最高裁は、このような判断をしていません。

なお、平成16年の第3問では、選択肢5として「参議院議員の選挙については、人口比例主義も一定程度譲歩・後退させられる」というものがありました。平成16年の時点では、この肢は正しかった言えたのですが、最高裁は平成24年判決の時点で、地域代表の性格で人口比例原則が後退するという考えを否定しています。

選択肢5 妥当ではない

この選択肢を言い換えると、地方自治の本旨によって、選挙価値の平等が後退するということです。これはありえません。

なお、公職選挙法15条8項は、
「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」
といっています。

また、昭和59年判決(最判昭59・5・17)は、公職選挙法15条8項(ただし、昭和59年当時は7項でした)を確認し、衆議院と同様の二段階審査を行い、高裁の違法判決を不服とした東京都選挙管理委員会の上告を棄却しました。

もっとも、このようなマイナー知識を覚える必要はありません。衆議院の場合を基本として、その考え方を適用すれば十分です。

第6問

内閣に関する憲法の規定の説明として正しいものはどれか。

1 内閣総理大臣は、衆議院議員の中から、国会の議決で指名する。
2 国務大臣は、内閣総理大臣の指名に基づき、天皇が任命する。
3 内閣は、衆議院で不信任の決議案が可決されたとき、直ちに総辞職しなければならない。
4 内閣は、総選挙の結果が確定すると同時に、直ちに総辞職しなければならない。
5 内閣は、総辞職の後、新たに内閣総理大臣が任命されるまで引き続き職務を行う。

解答 選択肢5

これは条文問題です。最近は、行政書士試験憲法でも条文問題はだいぶ減りましたが、まったく出ていないわけではありません。条文はなんといっても基本です。ここはしっかりとっておきたいですね。

選択肢1 正しくない

衆議院議員から、というひっかけはポピュラーですね。もちろん、国会議員から選ぶのでした。日本の二院制では、参議院も選挙によって選ばれた国民の代表なんです。だから、参議院から選んだっていいんです。

憲法第67条第1項「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。」

選択肢2 正しくない

天皇が任命するのは、内閣総理大臣と最高裁長官ですね。三権のうち、ツートップを任命します。国務大臣は内閣総理大臣が任命し、天皇は認証をします。

第68条第1項「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。」(以下略)

第7条「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。(途中略)
第5号 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。」(以下略)

選択肢3 正しくない

もちろん、不信任決議案が可決されたときには、まず民意を問うために衆議院を解散してもいいのです。解散を10日以内に行わなければ、内閣は総辞職しなければなりません。

第69条「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」

選択肢4 正しくない

わりとよく聞かれる選択肢です。総選挙の結果が確定すると国会が開かれます。このときに内閣は総辞職します。

第70条「 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。」

選択肢5 正しい

これまたよく聞かれる選択肢です。とにかく行政の長が不在というのは避ける必要があるわけです。ですから、内閣総理大臣が任命されるまでは内閣は職務を行います。

第71条「前二条の場合には、内閣は、新たに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行ふ。」

実は、新たな内閣ができるまでではなく、内閣総理大臣ができるまで、というのが問題になります。慣習的に首相に指名された人はすぐに組閣作業を行い、内閣総理大臣の任命と国務大臣の認証は同時に行われることになっています。

第7問

法令相互の関係に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。

1 刑罰の制定には法律の根拠が必要であるから、条例で罰則を定めるためには、その都度、法律による個別具体的な授権が必要である。
2 国会による条約の承認には、予算と同様の衆議院の優越が適用され、法律の議決の方がより厳格な手続を要するので、条約の国内法的効力は、法律に劣る。
3 法律の委任がなければ、政令によって国民に義務を課し、もしくはその権利を制限することはできないが、緊急の必要がある場合、国会の事後の承認を条件に、そのような定めを政令で行うことは、必ずしも違憲とはいえない。
4 最高裁判所は、裁判所の内部規律・司法事務処理に関し規則を制定することができるが、訴訟手続や弁護士に関する定めは法律事項であるから、規則で定めることはできない。
5 憲法は両議院に対し自律権を認め、議院内部の事項について自主的に議事規則を定める権能を付与しているが、国会法は、両議院と政府等の関係や議院相互の関係にとどまらず、議院内部の事項をも規定している。

解答 選択肢5

選択肢の中にはなかなか難しいものもありますが、妥当なものを一つ選ぶだけですので、正解にたどり着くこと自体はそれほど難しくありません。

選択肢1 妥当ではない

刑罰については、憲法31条が、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」としています。それでは、条例の場合、どのような根拠で刑罰を定めることが許されるのでしょうか。

一般的には、条例は、住民の代表機関である議会の議決によって成立する民主的立法であり、法律に準じるものであることを理由として条例による刑罰も許されると考えられています。

その上で、

①条例制定権(憲法94条)がある以上、実効化のための罰則も当然に認められるとする説

②罰則である以上、あくまでも法律の授権を必要とする考え方
の二つの考え方があります。

最高裁は、大阪市売春防止条例事件(最大判昭和37・5・30)で、条例による罰則制定について、法律の授権を必要としつつも、民主立法であるという性格から、「法律による個別具体的な授権」までは必要とせず、「法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりる」としました。

※ ただし、このときに最高裁が、相当な程度に具体的で限定された授権とした旧地方自治法2条3項による例示は、その後1999年の地方自治法改正で削除されており、今日では、最高裁の考え方では違憲になってしまうのではないかという指摘もあります。

選択肢2 妥当ではない

条約の承認においては予算と同様の衆議院の優越が適用されるのは、その通りです。しかし、条約の承認も国会が行う以上、法律よりも手続きが簡易であるからといって、一概に法律よりも効力が劣るとはいえません。

一般には、憲法が、国際協調主義を基本原則とし、98条2項も「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定していることから、条約は法律に優先すると考えられています。

なお、国際法秩序においては、条約法条約27条も「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。」と規定し、国際司法裁判所(ICJ)も国連本部協定事件ICJ勧告的意見(1988)で「国内法の規定は条約に優先しえない」としました。

選択肢3 妥当ではない

これはトンデモ選択肢。現行憲法の根本原理と対立するもので、完全な違憲です。ちなみにヒトラーが利用したのもこのような制度でした。明治憲法には緊急勅令や非常大権といった制度が存在していました。悪名高い治安維持法の改正*1も、緊急勅令によって行われ、国民の思想の自由への大弾圧が可能となったのでした。

選択肢4 妥当ではない

これは単純な条文知識問題。

憲法77条1項「最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する」

選択肢5 妥当である

憲法58条2項は、両議院が「その会議その他の手続き及び内部の規律に関する規則」を定めることができるとしていますが、一方で、GHQの反対を押し切る形で制定された国会法も、明治憲法以来の議院法(実際には命令)伝統を受けついで、両議院の内部事項まで規定しています。

第41問

次の文章は、ある最高裁判所判決の一節である。空欄(ア)-(エ)に当てはまる語句を、枠内の選択肢(1-20)から選びなさい。

右安全保障条約*は、その内容において、主権国としてのわが国の平和と安全、ひいてはわが国(ア)に極めて重大な関係を有するものというべきであるが、また、その成立に当っては、時の(イ)は憲法の条章に基き、米国と数次に亘る交渉の末、わが国の重大政策として適式に締結し、その後、それが憲法に適合するか否かの討議をも含めて衆参両院において慎重に審議せられた上、適法妥当なものとして国会の承認を経たものであることも公知の事実である。
ところで、本件安全保障条約は、前述のごとく、主権国としてのわが国の(ア)に極めて重大な関係をもつ(ウ)性を有するものというべきであって、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した(イ)およびこれを承認した国会の(ウ)的ないし(エ)的判断と表裏をなす点がすくなくない。
(昭和34年12月16日刑集13巻13号3225頁)

1 存立の基礎 2 国権 3 建国の理念 4 幸福追求
5 自由裁量 6 憲法体制 7 衆議院 8 天皇 
9 内閣総理大臣 10 内閣 11 国家 12 権力分立
13 合目的 14 合法 15 高度の政治 16 要件裁量
17 民主 18 自由主義 19 大所高所 20 明白な違憲

(注)*日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約

解答(ア)1(イ)10(ウ)15(エ)5

昨今は何かと話題になることも多かった砂川事件(最大判昭34・12・16)です。これは統治行為論を展開した判例として有名です。

(ア): 「右安全保障条約は、その内容において、主権国としてのわが国の平和と安全、ひいてはわが国(ア)に極めて重大な関係を有するもの」

(ア)に入るのは、1の「存立の基礎」しかないですね。ここは国語です。

(イ):「その成立に当っては、時の(イ)は憲法の条章に基き、米国と数次に亘る交渉の末、わが国の重大政策として適式に締結し、その後、それが憲法に適合するか否かの討議をも含めて衆参両院において慎重に審議せられた上、適法妥当なものとして国会の承認を経たものであることも公知の事実である。」

条約を締結できるのは内閣ですから(イ)は10の内閣。

(ウ):「ところで、本件安全保障条約は、前述のごとく、主権国としてのわが国の(ア)に極めて重大な関係をもつ(ウ)性を有するものというべきであって、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した(イ)およびこれを承認した国会の(ウ)的ないし(エ)的判断と表裏をなす点がすくなくない。」

ここは15「高度の政治」性ですね。

(エ):「その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した(イ)およびこれを承認した国会の(ウ高度の政治)的ないし(エ)的判断と表裏をなす点がすくなくない。」

国の存立の基礎にかかわるような、高度に政治的な判断だから、これは内閣とか国会の政治的判断に任せるべき要請が強い、というのが最高裁の言っていることです。ということは、ここに入るのは、5「自由裁量」的判断ですね。

高度の政治性があるから、政治部門が自由に判断できる範囲が広くなる、つまり自由裁量が大きくなる、というわけです。

補足説明:これは統治行為論なのか

本問は、これで終わりですから、問題自体はそれほど難しくありません。ただ、以上の部分を読んでいただくと、この判決、本当に統治行為論?と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

典型的な統治行為論である苫米地事件(最大判昭和35・6・8)は、
「高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべき」
と述べています。

つまり、「高度の政治性 → 裁判所の審査権の外=政治部門の判断」
というわけです。

しかし、砂川事件では、この問題で確認できたように、

「高度の政治性 → 政治部門の自由裁量大」という流れなわけです。
これでは、統治行為論というよりは自由裁量論のようにも思えます。

そして、皆さんもご存知のように、砂川事件判決は、この引用部分に続けて、
「それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従って、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであって、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする。」とします。

として、原則としては司法審査は認められないものの、一見極めて明白に意見無効の場合には、司法審査の可能性を示唆します。

このことから、砂川事件判決は、不完全な統治行為論といわれるのはご存知の通りです。しかし、実際には、統治行為論として完全なフリーハンドにする判決は苫米地事件以外には存在せず、学説としては統治行為論という類型を否定する説も有力になりつつあります。

受験憲法界的には統治行為論はまだまだ通説ですが、少し気をつけておいたほうがよいかもしれません。


*1 死刑を含めた厳罰化と、適用対象を拡大し、事実上誰であっても対象にできるようになった

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