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憲法18条

憲法18条

第十八条【奴隷的拘束及び苦役からの自由】 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

本条の意義

専制主義の下では、人身の自由というものは常に脅かされるものでした。あらゆる人権の獲得は、その過程において、不法な逮捕・監禁、恣意的な刑罰権の行使との戦いでもあったわけです。

そこで現行憲法では、人権保障の基本である人身の自由について本条で規定するとともに、31条以下詳細な規定をおいています。

本条のモデルはアメリカ合衆国憲法修正13条第1節です。これは南北戦争後の1865年に成立したもので、奴隷制廃止を目的としたものでした。

アメリカ合衆国憲法修正13条第1節
「奴隷および本人の意に反する労役は、犯罪に対する処罰として、当事者が適法に宣告を受けた場合を除くほか、合衆国内またはその管轄に属するいずれの地にも存在しない。」

日本では奴隷制度こそなかったものの、芸娼妓契約やたこ部屋など、奴隷的な拘束は存在してきました。民法で学ぶ判例ですが、芸娼妓契約に伴う消費貸借契約の公序良俗違反による無効を論じた芸娼妓契約事件(最判昭和30・10・7)などをみても、昭和25年当時に、依然、芸娼妓契約が存在したことがうかがえます。

本条はこうした、個人の尊厳に反する非人道的な拘束一切を否定するものです。ですから、国家権力によるものはもちろん、私人間においても、直接適用されます。

現在では、人身保護法、労働基準法、職業安定法、また刑法などが、こうした奴隷的拘束を禁止しています。また、民法によっても、本条に反する契約行為は当然に公序良俗違反とされます。

このように法制度が整備され、憲法18条の直接適用が問題になる場面は減りましたが、社会は常に流動化しており、法整備が追いついていない現実もまだ存在するものと思われます。

奴隷的拘束と意に反する苦役

奴隷的拘束とは、「自由な人格者であることと両立しない程度に身体の自由が拘束されること」を指すというのが通説的理解です。

一方、意に反する苦役の意味としては諸説あります。

まず、苦役という言葉の「苦」の解釈として、
①特に意味はなく、苦役というのは労役のことと考える
②本人が主観的に苦痛と感じる
③通常人からみて、普通以上に苦痛に感じられる
といった考え方の違いがあります。

一方、苦役というのは肉体的労務(労役)を指すことが一般ですが、本条の趣旨は広く身体の自由の保障であるとして、強制労役に限定せず、身体の自由の拘束を指すと考える場合と、肉体労働に限らないすべての強制労働と考える説があります。

このように諸説ありますが、「意に反する苦役」の解釈として代表的な見解は、
「広く本人の意思に反して強制される労役」もしくは、
「奴隷的拘束にいたらない程度の一定の人格に対する侵犯を伴う身体の自由の拘束」
ではないかと思われます。

制約

奴隷的拘束は、およそ人間の尊厳に反するものであり、一切の例外は許されず、絶対に禁止されます。

一方、意に反する苦役については、本条が認める例外として「犯罪による処罰の場合」をあげています。これは、例示であり、他にも、現行法上の労務提供義務があげられます(災害時の労役提供、および、訴訟法上の証言義務、納税に関する申告・報告義務など)。

ただし、これらは、そもそも「意に反する苦役」にあたらないとも言えます。そうなると、犯罪による処罰の場合以外には、意に反する苦役は無制約ともいえます。これはむしろ「言葉のあや」(注解法律学全集 憲法1 青林書院)の問題になります。

なお、現行法上の労務提供義務が、意に反する苦役にあたらない理由としては、
1)③を前提として、普通以上の苦痛ではない、とする説
2)職務上の義務
3)国家作用の実施についての協力を求めるものは「労役」とはいえない
4)制裁規定のないものは、強制性がない、
などの根拠が挙げられます。当然ながら、これは一律の根拠というよりは、それぞれの義務の性質に応じて議論すべきことと思われます。

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