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憲法20条

憲法20条

第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】
(1)信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
(2)何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
(3)国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

本条の意義

ヨーロッパは、中世の宗教的弾圧、さらには16、17世紀に悲惨な宗教戦争を経験しつつ、あらゆる人権宣言において必須のものとして宗教の自由を確立してきました。

明治憲法も、国際社会において近代憲法という認知の必要もあり、当然に信教の自由を保障しました。ただし、法律の留保すらなく、「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タル義務ニ背カザル限ニ於テ」認められたものでしかありませんでした。

そして、天壌無窮の神勅を信奉すること、つまり王権神授説を受容し、天皇を神の子孫と認めること、すなわち国家神道を受容することを臣民の義務とし、「神社は宗教ではない」として、どのような宗教を持つ者に対しても、これを強制しました。

1935年の大本教弾圧(本部を爆破、幹部20人が獄中死)からはじまり、ひとのみち教団(現PL教団)や天理教の派生教団、そしてキリスト教が過酷な弾圧を受けました。

また、1940年3月の治安維持法改正、同年4月の宗教団体法施行とにより、宗教界はさらに厳しい統制を受けることになり、同年7月には救世軍が弾圧されています。天皇を崇拝しない(=国体を否定)という名目で多くの人が治安維持法によって逮捕され、中には獄死された方もいました。

仏教に対しては、殺生を禁止する教義を危険視し、僧侶等を逮捕・投獄、キリスト教においては、キリストを唯一の救世主とする教義のゆえに旧ホーリネス系の教団が弾圧される(1942年6月)など、教義面まで踏み込み、弾圧が行われたわけです。

国家神道は、国粋主義・軍国主義の精神的な支えになったとして、戦後、GHQの命令・指令による宗教団体の設立自由化と神社神道に対する特別待遇が廃止されました。(神道指令)さらに、天皇の人間宣言によって、天皇の神格が否定されました。

こうした沿革から現行憲法では、個人の主観的権利として信教の自由を厚く保障するとともに、政教分離原則を規定しています。

信教の自由

憲法20条1項前段および2項は、信教の自由を保障しています。なお、信教の自由というのは、宗教の自由という意味ですが、明治憲法以来の用語を使用しています。
 信教の自由は、以下の3つの自由を含んでいます。
(1)内心における信仰の自由
(2)宗教的行為の自由
(3)宗教的結社の自由

(1)内心の信仰の自由

信仰を持つ持たないは、純粋に内心の問題ですので、19条と同様、原則として絶対的な保障を受けます。むしろ、内心の自由の特別法的なあらわれと考えてよいでしょう。

ですから、論理的に、
・特定宗教の信仰・不信仰あるいは無信仰の強制
・上記を理由とする不利益
・上記の告白の強制
以上を、19条と重複しつつ保障していることになります。

しかし、その信仰を告白する自由については、表現の自由の制約に関する法理が妥当する場合もありうるわけです。

(2)宗教的行為の自由

憲法文言上は、宗教上の儀式などへの参加を強制されない自由と表現されています。しかし、参加は強制されないが、自分の信じている宗教儀式を行うことは許されない、というのであれば、やはり宗教の自由は侵害されています。本条2項は当然に、宗教的行為を行う自由も保障していると考えられています。

もっとも、宗教的行為の自由に関しては、行為である以上、外部への影響もありますので、憲法上制約を受ける可能性があります。

加持祈祷事件(最大判昭和38・5・15)では、治療と称して加持祈祷を行った際に、暴れだした被害者に暴行を加え死亡させてしまった行為について、宗教的行為であっても、他人の生命、身体に対する違法な有形力の行使にあたり、著しく反社会的であるとして、信教の自由の限界を超えるとしました。

一方、外形的に刑法に触れる行為であっても、宗教的行為として違法性が阻却される場合もあります。

(3)宗教的結社の自由

宗教的結社の自由は、結社の自由(21条)の特別法的な保障です。

宗教団体に関し「宗教法人法」が宗教団体に法人格を与えています。これは、法人格を認証することで活動基盤を強化するものですが、法人ではない宗教団体も宗教的結社の自由の保障を受けることは当然です。

宗教法人法は「著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる」行為をした場合に、裁判所が解散を命じることがあるという規定をおいていますが、これはあくまでも法人としての解散であり、団体としての活動禁止ではないことに注意が必要です。

オウム真理教解散事件(最決平成8・1・30)で、最高裁は、「解散命令は、宗教法人の世俗的側面を対象した、世俗的目的のもので、精神的・宗教的側面にようかいする意図ではない」として解散命令を合法としました。

簡単に言えば、宗教法人ではなくなっても、集まって活動すること自体を禁止したわけではない、ということになります。これは、破壊防止法7条から9条の規定する、団体の解散指定処分が、団体の活動の全面的な禁止を意味していることと対比すると理解しやすいでしょう。

政教分離原則

20条1項後段、3項、および89条は、政教分離原則を定めています。政教分離とは、国家の非宗教性、宗教的中立性を規定する原則です。

もともと宗教は絶対的な価値を持つのが一般的ですので、これが政治と結びつくと民主主義の基盤を危うくしかねません。さらに、宗教が権力とつながると、宗教自体が堕落し、精神的自由としての価値を失う可能性もあります。

一方では、政府が宗教と結びつくことによって、個人の信教の自由が危うくなるという可能性もあります。明治憲法下の日本で、国家神道が事実上の国教と扱われる中、他の宗教に対する迫害が行われたという認識の下、その反省から、現行憲法は、アメリカ的な政教分離原則を規定したという側面もあります。

このように
(1)政府を破壊から救い、宗教を堕落から免れさせる
(2)国家の宗教的中立性を確保し、民主主義を確立させる
(3)個人の信教の自由を確保すること
といった目的のために、政教分離が規定されます。

政教分離原則の性格

最高裁は、政教分離原則を、個人の人権である信教の自由の保障を確保し補強する制度的保障とします。この考え方によれば、政教分離は個人の主観的権利ではなく、客観的制度であり、本質的内容を侵害しない限度で法律によって具体的に定められることになります。

一方、佐藤幸治教授は、分離原則は制度的保障ではなく、信教の自由の保障を完全にするための制度とし、その内容は憲法上、明示されたものであり、公権力を厳格に拘束するとされます。(制度説)

また、制度的保障と捉える立場でも、政教分離の内容は憲法上一義的に決定され、この原則は、権力を直接に拘束すると解する立場もありますが、これは実質的には制度説と同じ考え方といえます。

また、政教分離原則を、信教の自由の一内容として、主観的権利としてとらえる考え方もあります。

政教分離原則の内容

(1)特権付与の禁止(20条1項後段)
特定の宗教団体に対するものはもちろん、他の団体と区別して宗教団体一般に特権を与えることも禁止されます。

公益法人のうち、宗教法人のみを優遇する措置は違憲になります。一方、他の公益団体とともに宗教法人に対しても非課税措置をとるなどは、本条のいう「特権」にはあたらず合憲です。

(2)宗教団体による政治上権力行使の禁止(20条1項後段)

(3)国家の宗教的活動の禁止(20条3項)
「宗教的活動」の基準が問題となる。

(4)公金支出の禁止(89条前段)

判断基準

政教分離といっても、国家と宗教のかかわりあいをどの程度排除するかは、意見がわかれます。

1)完全分離説
国家と宗教は原則完全分離すべきであり、例外は、平等や信教の自由の保障などの憲法上の価値との衝突による調整に限られるとします。

この説にたっても、たとえば宗教系私立学校に対する助成も、平等原則から合憲となりえます。

2)限定分離説

多数説は、国家と宗教のかかわりあいを完全に禁止するのは現実的ではないと考えます。

もともと政教分離原則は、不介入と公平という二つの要素を含んでいます。不介入を重視すれば、分離を強くする方向に傾きますし、公平という要素を重視し、宗教を持つがゆえに不利な地位におかれるなどの事態を防ぐことも考えると、限定分離に傾きます。

(以下、私見ですが、

完全分離説は、国家と宗教のかかわりあいを完全に禁止しても、平等原則によって宗教があるがゆえの不平等を防止できると主張します。しかし、憲法上の価値の衝突となるために、不平等が違憲となる場合は限定されます。

具体的にいえば、宗教系学校に対する助成のみを禁止したとしても、完全分離説のもとでは、平等原則対政教分離原則の争いになるために、立法裁量を狭く考える余地が少ないことになります。

つまり、立法裁量により宗教系学校にも助成が与えられることが違憲ではない、という結論は完全分離説からも導くことは比較的容易ですが、立法裁量により宗教系学校には助成を与えない、ということが違憲とすることは困難です。

以上を考えれば、政教分離原則を信教の自由を補強するものと考える限り、通説が、限定分離説を採用していることそのものは首肯できるものと思われます。)

目的効果基準

最高裁は、政教分離における「宗教」を狭く定義し、分離を緩やかに解釈します。

津地鎮祭訴訟(最大判昭和52・7・13)は、
政教分離原則は、国家が宗教とのかかわり合いが、社会的、文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超える場合に、そのかかわり合いを禁止するもの、としたうえで、

憲法20条3項にいう「宗教的活動」とは、「当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」と定式化しました。

ただし、この最高裁のとった目的効果基準については、その基となったレモンテストよりも明確さを欠き、緩やかなものであると批判されます。

そもそも、津地鎮祭訴訟における最高裁の論調は、
政教分離は信教の自由を間接的に保障するものである。
だから、信教の自由を侵害さえしなければ、政教分離は緩やかでよい、
という発想になっており、原則と例外が逆転しているものと思われます。

その後の判例の展開

最高裁は、箕面忠魂碑訴訟(最判平成5・2・16)においても、目的効果基準を採用し、合憲の結論を導きましたが、その後、愛媛玉串料訴訟(最大判平成9・4・2)では、目的効果基準によって違憲の判決を行いました。

一方、空知太神社事件(最大判平成22・1・20)においては、目的効果基準を採用せず、総合考慮によって憲法89条違反を認定しました。

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