憲法、憲法判例、憲法学習法

行政書士試験の判例学習を考える(平成27年度第3問から)

行政書士試験の判例学習を考える(平成27年度第3問から)

行政書士試験の憲法問題も、かつてと比べて難化したと言われます。そこで、行政書士試験の憲法学習、特に判例の学習について、先日終わった平成27年行政書士試験第3問を素材に考えてみたいと思います。

この問題は、各選択肢ともある程度有名な判例の判断ですから、知っていれば簡単といえば簡単です。ですが、試験委員は、そのような判例の事案と結論を覚えこむような学習を求めていたのでしょうか。

行政書士試験の問題に対して、判例の事案と結論を覚えこむ学習で対処するとなると、一体どのような判例まで覚えないといけないのでしょうか。さらに、近年増えてきた長い判決文を読ませる問題に、そのような学習で対処できるでしょうか。この問題3を検討し、その上で判例の学習を考えてみたいと思います。

なお、この問題、平成16年の第6問とほぼ同じ問題でした。ですが、過去問の学習については別稿で触れることにします。



平成27年行政書士試験第3問

外国人の人権に関する次の文章のうち、最高裁判所の判例の趣旨に照らし、妥当でないものはどれか。

1  国家機関が国民に対して正当な理由なく指紋の押捺を強制することは、憲法13条の趣旨に反するが、この自由の保障はわが国に在留する外国人にまで及ぶものではない。

2  わが国に在留する外国人は、憲法上、外国に一時旅行する自由を保障されているものではない。

3  政治活動の自由は、わが国の政治的意思決定またはその実施に影響を及ぼす活動等、外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶ。

4  国の統治のあり方については国民が最終的な責任を負うべきものである以上、外国人が公権力の行使等を行う地方公務員に就任することはわが国の法体系の想定するところではない。

5  社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、その政治的判断によってこれを決定することができる。




外国人の人権についての基本的な考え方


外国人に憲法上の人権は認められるか



さて、外国人の人権については、いろいろな考え方が想定できます。極端に言えば、憲法は国民の権利を保障しているもので外国人には及ばない、という考え方も論理的にはありえます。

しかし、鎖国状態ならともかく、現実的に外国人の人権を認めない、なんていうことが文明国としてありえるでしょうか。

そもそも日本国憲法は自然法思想に基づいて個人の尊厳を基本理念としていることから考えれば、外国人にも人権を保障していると考えるのが自然です。

また、日本は国際人権規約を批准していますので、外国人に人権を認めるのは当然のことで、認めるか否かという議論自体、もはやあまり意味はないんですけれどね。

そして、最高裁判所の判例を見てみると、古く、マクリーン事件(最大判昭53・10・4)において、外国人に対しても、「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると介されるものを除き」人権を認めています。

これを権利性質説とよび、外国人の人権を考える上での出発点です。

外国人にも日本国憲法の人権保障は及ぶわけですが、権利の性質上、日本人と全く同じように認めるわけにはいかない権利もあるわけです。

外国人であることでの人権制約



そして、もう一つ、マクリーン事件において決定的に重要な判断があります。それは、外国人に人権保障が及ぶと言ってもそれは「外国人在留制度の枠内」のものだ、ということ。

つまり、日本にいる以上、やみくもに人権を制約されるようなことはありません。でも、そもそも日本にいるかどうかは、これは外国人在留制度が決める、というのです。つまり、憲法は、外国人の日本への入国を保障していない、というわけです。

マクリーン事件は、外国人に政治活動の自由を認めつつも、そのような外国人の入国を認めるかどうかは法務大臣の裁量だとしたわけです。そして、その裁量の判断に、そのような政治活動を考慮に入れることも、裁量の範囲としたんですね。

つまり、外国人の人権を考える上で、
1)権利の性質上、日本国民のみを対象としているかどうか、
2)保障されてはいるが外国人であるためにどのような制約があるか、
この二点を考えなくてはいけません。

そのうえで、各選択肢がどのような場面を問題にしているか、見てみると、
1  正当な理由なく指紋の押捺を強制されない自由
2  外国人が外国に一時旅行する自由
3  外国人に認めることが相当でないと解されるものを除いた政治活動の自由
4  公権力の行使等を行う地方公務員への就任
5  社会保障上の施策
となっています。

選択肢の検討


選択肢1



まず、1の正当な理由なく指紋押捺を強制されない自由は外国人に認められそうですね。外国人だからって、やったらめったら指紋を押させることが認められるとは思えませんから。でも、正当な理由があれば認められるだろうことも予想できると思います。

その正当な理由というものを決めていくときに、外国人であることが大きく影響して、現実的には指紋押捺も認められるだろう、と考えられますね。つまり、外国人であることによって、指紋押捺を強制されないことの自由は制限されるわけです。

いずれにせよ、この選択肢1は、外国人に「正当な理由なく」指紋押捺を強制させられることからの自由を認めないということで間違いです。

本番で解くのであれば、この問題、選択肢1が間違いということで、あっという間に解き終わってしまいます。

なお、こちらは指紋押捺拒否事件(最大判平7・12・15)です。
「憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される。」


選択肢2



さて、選択肢2の外国人が外国に一時旅行する自由ですが、一時旅行というからには帰国が前提です。判例は、外国人の入国の自由というものを認めていませんので、これは認められにくそうだなあ、と考えられると思います。誰を入国させ、誰を入国させないかを決めるのは、通常、国家の権能になりますからね。ただ、国内に現に居住し、生活の基盤を持っている外国人に対してはどのように考えるのか、という点で議論の余地は大いにありますが、一般論として外国人に外国への一時旅行の自由が認められる、とはなりそうもないですね。

これは権利の性質上、外国人には認められないわけです。

こちらは森川キャサリーン事件(最判平4・11・16)ですね。
「我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。」


選択肢3



そして、選択肢3は、マクリーン事件そのものです。これは、外国人の人権を考える上での基本判例ですので、知っておかなくてはなりませんね。

マクリーン事件(最大判昭53・10・4)
「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。」


選択肢4



選択肢4も、権利の性質上、外国人に認められにくそうだな、と思いませんか。

公権力の行使という言葉は行政法の分野でも様々な意味で使われるやっかいな言葉ですが、ここではそこまで深く考えなくてもよいと思います。要するに公的な権力を行使する立場の公務員に、外国人が就任してよいのかという問題です。日本と言う国の最終的な主権は国民にあります。ですから、国とか地方公共団体による統治については、国民自身が責任を負うべきものですね。このように、国民主権とか自己統治の原理から、公権力を行使する公務員には日本国民でないと就任できないという考えが導き出せますね。

これは東京都管理職選考受験訴訟(最大判平成17・1・26)ですね。
「公権力行使等地方公務員の職務の遂行は、住民の権利義務や法的地位の内容を定め、あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど、住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ、国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり、我が国以外の国家に帰属し、その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは、本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。」


選択肢5



最後の選択肢5ですが、社会保障というのは、表現の自由の保障とか、信仰の自由の保障のように、制約されない権利ではないわけです。授権的性質といいますが、国が制約を課さない、ということではなく、国が積極的にしてくれることが必要なものです。こうしたものは、性質上、立法の広い裁量があるのが普通ですね。だって、限られた予算の中で、様々な政策的な配慮を行いつつ、社会保障も行っているわけです。社会保障の対象となる人についても、国が政策的に判断するしかありません。つまり、これもまた、性質上外国人に認められる権利ではないわけですね。

というのが公式的な見解。ただし、日本社会の構成員である外国人に社会権が認められないという解釈が本当に正しいのかは異論もあります。

こちらは塩見訴訟(最判平元・3・2)です。
「社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるべきことと解される。」

この塩見訴訟は社会保障の知識も必要ですので、いささかわかりにくいかもしれません。詳しく知りたい方はこちらを参照してください。



以上、問題3は、選択肢1が間違いでした。



判例の学習法について



問題3については、著名な判例からの出題が多く、これをすべて知っていれば別に問題になることはありません。(なんといっても判例百選の1,2,3,5,6判例です。)ただ、憲法の学習が判例を覚えること、というのもどうでしょうか。出題委員は果たしてそれを望んで、このような出題をしているのでしょうか。

近年、判例の重要性が特に強調されるようになってきました。それ自体は大変すばらしいことなのですが、一方で、基本書の重要性というものが看過されている気がします。そして、基本書の重要性を見失うのと同時に起きてしまうのが、判例をばらばらに捉えること、事案と判旨のセットをばらばらに記憶するという学習法のような気がします。

この問題3の判例、判例そのものを知らなくても、外国人の人権というものをきちんと学習し、理解を深めていれば、それほど難しい問題ではありません。一般に、外国人に認められない3つの典型的なものとして、社会権・参政権・入国の自由が挙げられることが多いのですが、単にそれを記憶するだけでなく、なぜ外国人にはそれらの権利が認められないのか、きちんと理解しておけば、本問の選択肢は、それほど難しいものではなかったであろうと思われます。

もちろん、判例の学習の大切さを否定する意図はまったくありません。ただ、判例を、その場限りの利益衡量と考え、単に、事案と結論のセットを覚えこむという学習法を取らないように気を付けてください。

そうではなく、基本となる判例、この場合はマクリーン事件ですが、ここで示された権利性質説を前提として、その上で、外国人に対してどこまで人権保障が及ぶべきなのか、国の裁量権、ときには国民主権と人権保障のせめぎあいの線引きはどこで行われるべきか、基本書を通して考察し、判例の判断根拠を理解していただきたいと思います。



Q&A(外国人の社会保障)



〔質問〕「ちょっと待ってください。高橋先生は、外国人の社会保障については認められた、って書いてました。」

〔答え〕
はい、確かに、国際人権規約の批准に従って、社会保障関係法令の国籍条項は原則撤廃されました。それによって、もはや社会保障が外国人に認められるかを「論ずる実益はなくなった」と高橋和之先生もおっしゃっています。(「日本国憲法と立憲主義」有斐閣)しかしながら、実際、経過規定の不備の問題も残っていますし、生活保護法においては、行政の運用上、外国人への給付も行われていますが、法律上の国籍要件は残っています。こういったものが立法や行政の裁量で認められたものなのか、それとも憲法上の権利なのか、を区別して考えることは必要です。


なお、最高裁判所第二小法廷は、2014年の永住外国人生活保護訴訟(最判平成26・7・18)において、外国人は行政庁の通達に基づく事実上の保護の対象であるにとどまり、生活保護法の保護の対象ではなく、また生活保護法に基づく受給権も持っていない、としました。

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