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行政書士試験平成27年度第7問解説

行政書士試験平成27年度第7問からいろいろ考える

行政書士試験平成27年度の第7問は、財政分野でした。

問題

財政に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。

1  国費の支出は国会の議決に基づくことを要するが、国による債務の負担は直ちに支出を伴うものではないので、必ずしも国会の議決に基づく必要はない。

2  予算の提出権は内閣にのみ認められているので、国会は予算を修正することができず、一括して承認するか不承認とするかについて議決を行う。

3  予見し難い予算の不足に充てるため、内閣は国会の議決に基づき予備費を設けることができるが、すべての予備費の支出について事後に国会の承認が必要である。

4  予算の公布は、憲法改正・法律・政令・条約の公布と同様に、憲法上、天皇の国事行為とされている。

5  国の歳出の決算は毎年会計検査院の検査を受けなければならないが、収入の見積もりにすぎない歳入の決算については、会計検査院の検査を受ける必要はない。


解説の理由

平成27年度の第7問は財政に関する条文知識問題です。
単純知識問題であり、基本論点に関する問題ですので
難易度は決して高くはありません。

わざわざ解説するほどの問題?
と思う方も多いと思います。

ですが、この第7問、混乱させられた人は多かったと思います。

正直言って、私自身、最初にこの問題をみたときに、
え?と思いました。正答がない?と考えかけたわけです。

知り合いのロースクール生が行政書士試験を受けましたが、
やはりこの問題で少し焦ったと言っていました。

そこで、ここでは、この問題の落とし穴について考えてみたいと思います。

問題をちゃんと見ることの大切さ

先ほどの人が焦った理由、
そして、私も混乱した理由。

それは選択肢3です。

予備費の承認、ってなっているんです。

あ、承諾の間違いだな、って最初は思いました。
ですが、最後まで読んでも正しい選択肢がないんです。

え?と思いました。

件のロースクール生は、一瞬、これは捨て問かも、と思ったそうです。
ロースクールで勉強している自分でもわからないんだから、
これは誰にもわからない間違いがあるのかも、と疑いながら、
最初から見直したら、選択肢3、これ、承諾と承認を同じものとしているんだな、
と思いながら選択肢3を選んだと言っていました。

思っていたよりも、時間をとられた、
と、不平たらたらでしたけれどね。

ですが、この問題、
さすがに出題者も鬼じゃない(すみません)のは、
正しいものを選べ、という問題だったこと。

考えてみてください。

もし、間違いを選べという問題で、
選択肢1、選択肢2が明確に正しい選択肢がきて、
選択肢3で、この文章があったら、

多くの受験生は、ここで正答を選択肢3に確定しちゃいそうですね。

そのすぐ下に、もっと明確な誤りの選択肢があったとしても、
それに気がつかずに、次の問題に行っちゃうこともありそうです。

だって、時間がないんでしょ。
答えが確定できた、と思ったら、次にいきたくなります。

旧司法試験の択一試験では、60問中50点をめどに、
それをどれだけスピードアップして解けるか、っていう
そんなテクニックがはやりました。

問題を全部読まないとか、
選択肢をどれだけ切っていくか、

これはもともとは単にスピードアップのためだけではなく、
確実な知識だけで解くためでもあったんですね。

ですが、だんだんテクニックが自己目的化していき、
2時間半で短答何点とか、
模試にわざと遅れていって何点、とか威張ってる人がいたり、
そんなこともありました。

ですが、

上で言った様な間違いを見つける問題だったら、
選択肢3にぱっと飛びついて終わらせた結果、
見事にひっかかる、そんな可能性があるわけです。

ですが、

もともと、答えを切る、っていうのは、
基本知識だけで解くための技術です。
時間省略のための技術とは考えないことが
大切ですね。

この問題は、
問題をしっかり読めよ、
っていう警告にも思えます。

細かい知識より基本事項の理解を

いつも力説していることですが、
細かい知識よりも、
基本事項の理解が大切です。

本文でいえば、
基本知識は、「承諾」か「承認」かではなく、
財政は国会によるコントロールが必要、
ってことなんです。

たとえば、選択肢4の「予算の公布」っていう間違いについても、
「細かい知識」って考えた人もいるかもしれません。

でも、そもそも、なぜ法律に公布が必要だったのか、
そして、予算は法律じゃない、って言われる意味を考えれば、
それほど迷う選択肢じゃないわけです。

「公布」は、成立した法律を一般に周知させる目的で、国民が知ることのできる状態に置くことをいいます。

なんで、そんなものが必要なのか。

古典的な法実証主義からすれば、法は認証によって法になるのであって、
公布なんてもんは、いわば儀式に過ぎないものなんです。
なけりゃないでかまわないんです。

でも、歴史的にみれば、議会が立法権を獲得したのは、
国民の権利を制約し、義務を課す法規の定立に対して
自分たち自身が関与することを求めるところにありました。

これはもともと自由のためですね。

やがて、統治者と被統治者が同一であることが
近代憲法の原理となりました。

これが民主主義の基本です。

ですから、国民の純粋代表である議会が、
法律を制定し、
それを国民に知らせること、
つまり公布することなく有効なものとすることは、
民主主義としては許されないわけです。

でも先ほどいったように、
この考え、もともとは、
権利を制限し、義務を課す法規に対して、
自由を守る、という意味合いだったんですね。

つまり、自由主義の側面から言えば、
権利を制限し、義務を課す法規に限定すればいいわけです。

でも、民主主義的な側面から言えば、
そうじゃないでしょ。
国民が主権者なんだから、
おまえら勝手に決めんなよ、って思うわけです。

さて、予算の性質については、
それを法律と同じと考える説もあります。

実は、憲法制定過程において、
GHQは予算を承認という形での議決で制定することに対して批判的でした。
しかし、日本側が巧妙に予算議決制を盛り込んだといわれています。(小島和司「憲法と財政制度」有斐閣)

いずれにせよ、現行の制度においては、
予算は法律とは別の、独自の法形式と考えられています。
こう考える根拠の一つが、
予算は国家を束縛するもので、一般国民を直接拘束しないこと。

さっきも言ったように、これは法規っていうのを
権利を制約するものと考える、
そこからの保障を求める自由主義的な考え方ですね。

だから、公布が必要ない、ということになるわけです。

一方、法律というのは、
国民に知らせる必要が絶対にあるのです。
自分たちの権利を制限し、義務を課す法規を知らないのであれば、
国民の自由は侵害されかねないでしょ。
だから、公布がなければ法規は効力を認められないんです。(注1)

話が長くなりましたが、

要するに、財政に関して本質的なテーマというのは、
予備費の承認か承諾か、ではなく、
財政の民主的コントロールっていうのはどこまで及ぶべきか、
っていう話だということがわかっていただけたらと思います。

承諾と承認は違うのか?

ですが、まだ疑問もある方もいるのではないでしょうか。

予備費の承認っていうのだって、
条文とは違うんだから間違いじゃないの?

これは結局、承認と承諾の違いということになりますね。
うん、だって確かに私法上は使い分けられてるもんね。

憲法上、「承認」という言葉は、条約についての国会の事前・事後の承認(憲法73条第三号)、天皇の国事行為に関する内閣の「助言と承認」、さらに、憲法改正に関する国民の承認、といった場所でも使われている用語です。なお、予算については法律と同じように議決という言葉が使われています。

条約については、一応、事前または事後の国会の承認がない場合、条件付ながら有効に成立しないというのが通説です。(条件付無効説)これは条約法条約46条にも適合します。

とはいうものの、締結前の国会提出が慣習になっていますし、しかも条約に関しては衆議院の優越がかなりはっきりしていますから、ねじれ国会においても、国会の議決として不承認になった条約はありません。(参院だけが不承認したのはあるけれど)

さらに、憲法改正案についての国民の承認については、これがなければ憲法は改正できませんね。

一方、「承諾」は、憲法87条2項の一箇所でのみ使われています。

こちらの予備費の承諾については、
もし承諾が得られなくても、
それでも、もう支払っちゃったんだから、どうしようもないじゃん。
って考えます。

ただ、政治的責任が発生するだけだよね、って。
これが多数説。

内閣の行為を非難する意思表示だけなんですよ、不承諾は。
これは、そもそもさっき行った、予算が法律とは別の法形式という考えと帳尻があうんですね。

そして、決算に関してはどうでしたか。
「検査報告を提出」でしたね。
多数説は、これを単なる「報告」と考えています。

つまりね、現在の慣行や多数説では、
承認>承諾>報告
って考えているように見えるわけです。

それを考えると、87条2項で「承諾」という言葉を使っているのは、
予備費について事後に承諾が得られなくても法的効果は発生しない(通説)ことを指しているとも考えられます。

予備費っていうのは、もともと歳入・歳出予算に計上されているんですよ。
国会で議決されてちゃってるんですね。
だから、あとで承認まで求めなくてもいいじゃん、
承諾で十分だよ、って言ってるようにね、みえるわけです。

うん、やっぱり承諾と承認って違うじゃん。(注2)

そんな気がしますね。

なぜ「承認」としたのか

しかし出題者が、あえてここで「承諾」ではなく「承認」という言葉を使ったのは、なぜでしょうか。

これを考えるために、先ほどの
予備費の支出が国会で承諾されなかった場合を
もう一度考えて見ましょう。

実際、予備費の使用が参議院で承諾されなかったことはあります。
予備費は「国会の」承諾が必要ですから、
参議院がだめといえば、国会の承諾は得られなかったことになります。

さっきも言ったように、これは法的な効果がありません。
内閣の行為を非難する意思表示ってだけね。

でもね、たとえば、不承諾とされたものの中には、
イラクにおける人道復興支援とか、テロ対策についての費用も入っています。

このとき、参議院は支出の根拠法であるテロ特措法を否決し、
その費用を盛り込んだ予算も否決しています。

政治的立場はともかくとして、
参議院が明確に否定したものに対して、
予備費で支出しちゃった、という形なんですね、ぶっちゃけていえば。

これって憲法的にどうなのよ、って思いませんか。

さて、ここからは、推測の域を脱しませんが、
出題者が、あえて承認という言葉を使ったのは、
議会による財政統制についての、
何らかの意図を含ませたものではないでしょうか。

憲法学の財政に関する通説は、
時代とかみ合っていないんじゃないの、
っていう問題提起かもしれない、って思うわけです。

確かに、予算は国民の権利を制約し、
義務を課すものじゃありません。

だから、自由主義的な視点から言えば、
自由を制限しないし、まあいっか、
って、なるわけでしょ。

予備費もね、まあ、予算の議決の中で、
一応予備費って枠で認めたわけで、
それをどう使うかは、
基本的におまかせでしょうがないよね、
って発想です。

ですが、財政民主主義っていうのは、
別に自由主義的な発想だけじゃないはず。

国民による財政統制ってことを本当に求めるなら、
今の予備費の承諾のあり方でいいんだろうか、

そんなメッセージを読み込むのは、
ちょっと深読みしすぎでしょうか。

私には、
ここで承諾を承認と変えたことには、
出題者の、受験生に対するメッセージ、
今後、予備費の承諾とか、決算の報告とか、
あるいは、さらに予算の法的性格についてとか、
このあたりについて、財政の民主的統制とからめて、
もっと考えてね、というメッセージにも読めます。

考えてみれば、財政は、憲法学においては鬼っ子扱いというか、
まあ、冷遇されてきた分野です。
ですが、ここでこんな妙な出題をされたことは、
なんだか、とても気にかかります。

更に、この問題は、大きく言えば、
ドイツで発展した新しい権力分立の考え方
にかかわる問題でもあります。

まさに、これは、先ほどから言っている、
自由主義的な発想か、
民主主義的な発想か、というところ。

こうした新しい権力分立については、
近年議論がされており、
出題者のお一人である林教授も、
分業と協業の秩序としての再構成を
主張したことでも知られています。

そうなると、ここでの「承諾」と「承認」の問題は、
直接的には、財政についての民主的統制、
さらに大きくは、権力分立の問題意識が隠されていると見るべきでしょう。

もちろん、行政書士試験の準備にあたって、
そこまでの研究が必要なわけではありません。
もちろん、新しい議論をフォローする必要もありません。

また、来年、必ず財政分野が再出題されるとか
そんなことをいいたいわけじゃありません。

ただ、統治分野っていうのは、
全部つながっていますし、
憲法学者が10人いれば
10通りの統治理論があるんですから、
こういう問題意識は何かしらの形で
出題に反映してくるものなんです。

だから、権力分立と財政分野については、
基本事項をより深く
自分なりに考えておくことをおすすめします。

注1

ただし、現実的には、公布と施行の間の時間というものが問題になることもあります。

昭和29年に「覚醒剤取締法の一部を改正する法律」公布され即日施行されましたが、この当日の朝9時に、広島市内で犯罪を犯した人が、改正法によって起訴されました。

これについては、この法律が記載された官報の広島での販売は翌日であり、犯行時には、広島でこの法律を知ることはできなかったのだから、広島では公布・施行された状態ではなく、改正前の法律が適用されるべきであると主張しました。

ですが、最高裁大法廷は、公布の時点を「国民が官報を最初に閲覧・購入できる状態になった時」、この件でいえば、公布日であった6月12日の8時半が交付の時点であるうとしました。(最大判昭和33・10・15)

しかし、実際に知ることはできないのに、法律に拘束力を発生させるのは問題であると考えた二人の裁判官は、反対権を提出しています。

なお、この事件以降、公布即施行という形はあまりとられていません。

注2

ちなみに、明治憲法の第64条は、
(1) 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
(2) 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

となっていますが、枢密院に諮詢された案文では、「承認」という言葉が使われていました。しかし、枢密院の審議で「承認」という言葉は、上から下へ使う言葉だという反対が強く、このように変更されたとのことです。これらは、結局は「感覚の強度」の問題(清水伸「帝国憲法制定会議」岩波書店、1940)といわれています。

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