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超訳憲法判例

超訳憲法判例

この「超訳憲法判例」は憲法判例の重要部分を思い切り意訳したものです。わかりやすくするために厳密さは犠牲にしていますので、なるべく原文も確認してくださいね。

「こんな超訳をしました」など、教えていただけたら嬉しいです。ご連絡はこちらからどうぞ

統治行為論

超訳:砂川事件(最大判昭和34・12・16)

事案:デモ隊がアメリカ軍の基地の柵を壊して中に乱入しました。

かれらは無断立ち入りで訴えられましたが、逆に、日米安全保障条約そのものが憲法9条違反なんだ、と主張しました。

超訳判旨:

日米安全保障条約は、日本が国家として生き残るために安全保障をどうしたらよいか、という重大な政治的な判断によるものです。

国の安全保障をどうしたらいいか、なんていうのは、国際情勢やいろいろなことが絡む、むちゃくちゃ政治的な判断です。

こんなことは、政治部門である内閣や国会が判断することだし、最終的には、国民自身が選挙を通して判断することです。

誰がどうみても、あきらかに憲法違反で無効だ、というようなものじゃなければ、裁判所が審査することはできません。

超訳:苫米地事件(最大判昭和35・6・8)

事案:憲法69条によらず、憲法7条のみによる、はじめての衆議院の解散が行われたとき、このような解散は憲法違反だと争われました。(苫米地というのは争った議員の名前です。)

憲法7条のみでは解散できないし、憲法7条で求められた「助言と承認」もなかったというのです。

超訳判旨:

衆議院の解散なんていうのは、国家統治の基本に関することで、むちゃくちゃ政治的なことです。

そんな政治的なことは、政治部門の政府や国会にまかされてますし、最終的には、主権者である国民が政治判断することです。

解散の根拠となる憲法の条文が正しかったか、とか、助言と承認はちゃんと行われたか、なんてことは、法律的な争いとして判断することは可能にみえますが、裁判所が判断できる範囲を超えちゃっています。

(砂川事件との違いに注意してください。誰がどうみてもあきらかに憲法違反だ、という例外は述べられていません。)

部分社会論(団体の内部事項)

超訳:村会議員出席停止事件(最大判昭和35・10・19)

   
事案:懲罰として村議会への出席停止処分を受けた村会議員が、その手続が不当であることを訴えました。

超訳判旨:

自律的な法規範を持つ社会や団体でのルールの実現は、内部規律の問題ですから、その団体の自治に任せるべきです。裁判で、そのルールを実現するのは適当ではありません。

議員の除名処分は、議員の身分を失うという重大なことなので単なる内部規律の問題とはいえませんが、村議会における出席停止というのは、一時的な議員権限の制限にすぎません。

※なお、村会議員出席停止事件の詳しい事案等はこちらもご覧ください

超訳:富山大学事件(最判昭和52・3・15)

事案:大学からの大体科目の受講の指示に従わず、授業停止になった教授の授業を受講し続け、その授業で合格の判定を得た学生たちが、大学から単位の認定を得られなかったことを争った事件です。

この事件では、単位が取れなかった学部学生と、専攻科修了の認定を得られなかった専攻科学生がいました。

超訳判旨:

(1)単位取得について

大学というのは、国公立でも私立でも、一般の市民社会とは異なる特殊な部分社会です。ですから、そこでの争いも、一般市民法秩序と直接の関係がない内部的な問題は司法審査の対象になりません。

単位の認定というのは、学生がある科目を履修して、試験に合格したことを確認するもので、教育上の措置ですから、一般市民法秩序と直接の関係がないことは明らかです。

ですから、特別の事情がなければ、単位をとったおとした、というのは、まったくの内部問題として、大学の自律的な判断に任せるべきことで、裁判所による判断の対象になりません。

(2)専攻科修了について

一方、学生は市民として、公の施設である国公立大学を利用する権利を持っています。大学の専攻科への入学は、大学利用の一形態です。

この専攻科に入学した学生の目的は、専攻科を終了することです。専攻科修了の要件を満たしているのに、大学が修了の認定をしないことは、実質的に、一般市民としての学生の利用を拒否することになり、一般市民としての権利の侵害です。

専攻科修了の要件を満たしているかどうかは、教育上の見地からの判断は不要で、単に在籍年限を満たして、単位数を取っているかどうかだけで判断できることですから、裁判所の判断の対象になります。

超訳:共産党袴田事件(最判昭和63・12・20)

事案:

共産党から除名処分を受けたことで、共産党所有の家屋の明け渡しを求められた党員が、前提である除名処分について争いました。

超訳判旨:

政党というのは、任意に結成される政治結社です。そこには自律的なルールがあり、メンバーに対して一定の統制をすることも当然ありうるわけです。そして、こうして一つの意見を集約することで、国民の政治的意思を国政に反映させるための有効な存在であり、議会制民主主義を支える大変に重要な存在です。

ですから、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与え、自主的に組織運営ができるようにしなければなりません。

党員は、政党に加入した以上、自分の権利や自由に制約があることも、ある程度は仕方ありません。

ですから、政党が組織内の自立的な運営として、党員の除名などの処分をした場合、基本的には自律的な解決にまかせるべきです。

ですから、
①処分が一般市民法秩序と直接関係がない内部的な問題であれば、裁判所は審査できません。

②処分が、一般市民としての権利を侵害するとしても、特別な事情がない限りは、この処分が政党のルールに従っているか、もし、政党のルールがなければ、常識的に適正な手続で行われたか、だけを、裁判所は審査できます。

精神的自由

堀越事件(最判平成24・12・7)

財産権

河川附近地制限令事件(最大判昭和43・11・27)

森林法事件(最大判昭和62・4・22)

国務請求権

郵便法違憲判決

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